GW前の今週は4/25(月)、篠原孝衆院議員、そして元TBS杉尾ひでやさんの長野駅前街頭演説からスタート。(私の朝街宣は、4/26(火)~28(木)まで、それぞれ綱島交差点、青木島交差点、ホワイトリンク入口交差点で行いました)
25日は市議会特別委員会「総合計画調査研究特別委員会」が開かれ、今年度、策定作業が行われる第5次総合計画に関しての提言書を提出いたしました。
取り組みの重点化として、定住人口増については、自然増並びに社会増を、そして交流人口増については地域資源の活用、インバウンド推進を掲げております。中でも、社会増の部分では、私も委員会の中で多く発言させていただいた地域産業の活性化及び雇用対策について盛込まれました。やはり、地域に根を張ってこれまでも長野市産業を牽引していただいた企業が更に地域内GDPを得られるよう行政としても積極的に取り組むべきです。その延長戦上にあるのが雇用対策だと思います。
26日、会派にてJA長野中央会地域農政部長さんを講師にお招きし「TPPに関する勉強会」を開催しました。私も、約6年間、TPP断固反対の姿勢を貫いている篠原孝衆衆院議員の秘書を務めておりましたが、改めて農業など現場の目線で取り組まれているお立場からの講義では、初めて聞く内容のものも多く、地域の活性化の重要な要素である農政について貴重な時間を与えていただきました。
27日、これも多くの市民の皆様が心配されている長野市芸術館メインホール、見切れ席の改修工事完了を受け、見学させていただきました。座面がかさ上げされたわけですが、見えづらい座席では、見え方を数字であらわしたもので、53.1%から66.2%と13.1%改善され、また、改善前は38.2%しか見えなかった座席では24.6%改善され、結果、62.8%となった座席もありました。平均では端部席では48.2%から74.2%に、中間部席では70.9%から80.9%です。私もそれぞれの座席に座ってみましたが、やはり満足度はやや不足気味です。さらに、その前方に人が居れば更にその見え辛くなることが予想されます。せっかく立派なものが出来た分、残念でなりません。
同日夜開催された参議院選挙に向けた大集会に、憲法学者の小林節先生の講演が聞けるとあって、私の後援会役員と参加させていただきました。野党統一候補予定者である杉尾ひでやさんも弁士として登場され、まさに参集された大勢の皆様からの物凄い拍手の嵐に感動感動の会となりました。
明日から、多い方は10連休のようですが、私は連休明けのミニ集会準備等で慌ただしく過ごすこととなりそうです。
土日の活動も予定していたすべての活動は出来ませんでしたが、天候にも恵まれ、各地での行事に参加させていただきました。まずは、土曜日、杉尾秀哉さんの事務所開きに参加。杉尾さんの想いが充分に伝わってくる一方で、やはり厳しい選挙戦になりそうです。これまでの数字を単純に積み上げるという計算は成り立ちません。これからの活動が大事です。
午後、地元更北地区地域公民館連絡協議会総会並びに人権教育推進協議会総会に出席。いつ、どこで起こるか分からない災害時に重要になってくるのが地域コミュニティー、その核となるのが地域公民館だと思います。そして、そのコミュニケーションを円滑にしていくのに欠かせないことは、共助、ともに助け合う精神です。今年も両協議会では、様々な事業を計画されており、絆を築いていく土台を作っていただけることと思います。
夕方から、日頃からお世話になっている元同僚を中心とした若手の会に参加。中小企業はまだまだ厳しい経済状況下にあるようですが、頑張っている同僚から激励をいただきました。
日曜日、更北地区小島田地域で開催された「第1回小島田ふれあい祭り」に参加。地域のふれあいの場を作ろうと今回が初めての開催ということです。私の小中の同級生も役員として関わっており、地域を活性化したい、という想いでの取り組みには敬意を表する次第です。早朝から大勢の皆様が参加されており、会場となった川中島古戦場史跡公園を核としてのまちづくりにおいても大事な取り組みです。
その足で、真島川合区内にある川合神社「御柱」に参加。初めて間近で観させていただきましたが、老若男女、地域全体で盛り上げている御柱にはただただ圧倒されました。
小島田、真島のそれぞれの取り組みがあって地域がまとまり、しっかりとした地域の土台となっていくのでしょう。
この度の熊本・大分での震災について、長野市としては4月18日(月)の段階で次のような支援を行うことになりました。
長野県合同災害支援チーム(チーム長野)として対応を行っていく上で、長野市では一部物資を先行して搬送をしていく予定。
支援物資は、水、生理用品、オムツ(大人・子供)。熊本・大分両県では避難されている方が最大約19万6000人に上っているようです。未だ揺れが収まらず終息の気配がなく、避難生活が長期化することも予想されているようです。救援物資不足が深刻化しておりトイレと水・食料問題が深刻化しているという報道ですが、国民全体で被災地支援の輪が広がっていくと思います。長野市では、保健師を派遣することも検討しているようで、出来る限りの様々な方面からの支援に向けて取り組んでいくはずです。
熊本などでは地震が続き、ライフライン、物資、予断を許さない警戒態勢下でありますが、本日、予定通り「第18回長野マラソン」が開催されました。今年は11,000人を超える参加者で史上最大規模の大会となったようです。私も昨年同様、若里荒木交差点北側でランナーの皆様を沿道より、篠原孝衆議院議員、埋橋茂人県議会議員とともに応援させていただきました。
私の知人も多く参加されており、それぞれの勇姿に元気を貰い、そして、多くのランナーと”ハイタッチ”をさせていただき、長野市でいろいろな方々と交流できる喜びを感じました。現在、私が所属してい長野市議会総合計画調査研究特別委員会でも議論している平成29年度にスタートする第5次長野市総合計画にも掲げられると思いますが、交流人口増に向けて、恒例となった「長野マラソン」が長野市の活力を生み出す大きなきっかけとなるはずです。
土曜日朝、私も会員となっている地元更北地区小島田の農産物直売所「おいでや小島田」が今年度のオープニングということで、伺わせていただきました。地元の方が心を込めて生産された野菜や果物が、この日も沢山並べられておりましたが、試食をしながら、また、レシピを教えていただきながら、農産物を通してコミュニケーションが図れる、地域の貴重な交流の場としても、運営にご尽力されている役員サンには敬意を表する次第です。
少し寒かった朝方でしたが、地元産のきのこ汁で暖かくなりました。
参院選に向けた会議、地元後援会幹部との会議等を終え、夕方より、日頃から大変お世話になっている㈱西澤製作所様のお花見会に出席をさせていただきました。今年は5名の新入社員を迎え入れ大勢の従業員の方々、取引先企業の方々が集い、厳しい社会経済状況の中でも一丸となって前に突き進むそんな勢いを感じた次第であります。やはりトップの姿勢がその会社の雰囲気を作り出し、従業員を育てていく土壌を作り出していくのでしょう。
新入社員のみなさんと会社役員さん
取引先企業の竹下社長、専務と社長
地域の企業が大きく成長していく、しかも、その企業が、その地域で生まれ、そして今日の至るまでその地で企業活動をしてきた。そんな地の企業がその地域の産業振興、地域振興、雇用等に大きく活力を与えていくのが私が望む地域経済構造です。
地域発で多くの生産物が全国各地で消費され、利活用されることで、しっかりとした基盤産業が充実していくはずです。
14日夜、熊本県で震度7の揺れが観測、マグニチュード7.3とされて以降、各地で被害が広がっており、多くの方々が犠牲に遭われたことに対しまして、心よりお悔やみ申し上げますとともにお見舞いを申し上げます。
今年1月に市議会特別委員会の行政視察にて熊本市を訪問させていただいたことに加え、私が以前勤務していた会社の子会社が天草市にあることから熊本県には何度も訪れさせていただいております。言葉にならないことではありますが、倒壊した家屋やインフラ等、人命の救助最優先の中、懸命な捜索活動等にご尽力されている全ての皆様方に敬意を表する次第です。
あらゆる自然災害は時を選ばずに襲い掛かります。短時間で多くの方々の命を奪い、資産を奪い、また、環境を奪います。当然、万全の態勢が整っていればいいのですが、防ぎきれないことが重なることに心が痛みます。まずは、一人でも多くの命を救い、被害が最小限に留まることを心より願います。
今年度の千曲川・犀川重要水防区域合同巡視が13日実施されました。
国交省千曲川河川事務所、長野市、消防、地元区長さん等による定期的に毎年行われているものでありますが、私も長野市議会3月定例会において、まさにこの重要水防箇所に関した個人質問を行いました。更北地区における重要水防箇所の安全対策について=犀川・千曲川に挟まれた更北地区の河川整備が遅れているのではないか。ということで、地元更北地区内3か所同行させていただきました。
重要水防箇所とは、洪水時に危険が予想され、重点的に巡視点検が必要な箇所をいい、Aランク、Bランク、要注意の3つのランクがあります。まず、1箇所目は青木島町綱島、長野大橋付近を巡視。資材機材倉庫も確認を行いましたが、ここは、現在の堤防の断面積あるいは天端の幅が計画に対して足りないが半分以上はある箇所となります。
2箇所目は、丹波島橋付近で、ここはAランクとされており、堤防の前面の川底が流れにより深く掘られているが、その対策が施工されておりません。綱島及び丹波島付近は堤防近くに多くの住宅が立ち並んでおります。その危機意識を忘れてはなりません。
3箇所目は真島地区の資材機材倉庫を中心に巡視。この真島地域はこれまでも水害に悩まされたところでもあります。昭和58年の実績を踏まえ堤防からの洪水の水が漏れだした箇所であるが、その対策が施工されておりません。先人の皆様が築いてくださった多くの田畑が広がり、この地域の特色を守らなければなりません。
9日の土曜日、地元更北地区が誇る川中島古戦場八幡原史跡公園に開催中の「三太刀まつり」の開会式に参加。更北まちづくり委員会並びに更北住民自治協議会産業振興部会が主催で昨年から始まり、今年が2度目の開催となります。ご存じのとおりここは謙信・信玄一騎討ちの場所と伝えられております。
【逸話では、永禄4年(1561)の川中島合戦に、武田・上杉両陣営の旗本(はたもと)が入り乱れての大乱戦となった、信玄の身辺が手薄になったとき、風のように信玄の本陣に切り込んできた武者がいた。萌黄(もえぎ)の胴肩衣(どうかたぎぬ)をつけ、頭を白布で包んだ武者は月毛の馬の馬上から、三尺ほどの太刀をふるい、床几(しょうぎ※)にかけている信玄めがけて、三太刀斬りつけた。信玄は立ち上がり手にした軍配団扇で受け止めたが腕に二箇所の傷をおった。駆けつけた信玄の旗本が槍で馬上の武者を突いたがはずれ、鎧の肩にささった。これを叩き落とそうとして馬の尻を叩いてしまったので、馬が立ち上がり、一目散に走り去った。この白頭巾の武者こそが、上杉謙信であったという。後で信玄の団扇を調べてみると、刀の傷が七つもあった。
「三太刀七太刀之跡」には、信玄・謙信一騎討ちの像とともに碑が建てられている。】(長野市風林火山特設サイト川中島の戦い)より引用
さて、9日、10日、23日は地元信州名産品大集合ということで地元産直の軽トラ市などが行われ、この日も早朝より大変な賑わいとなりました。地元更北が誇る古戦場の活性化が益々地域振興にも大きく影響すると思います。まだまだ始まったばかりの行事ですがしっかり浸透し、根付いていけるような取り組みに私も参画して参りたいと思います。
古戦場から私の2人の子どもたちも大変お世話になった保育園入園式に出席。この園は現在200名を超す園児がおり、この春も新たに42名の新しいおともだちを迎え入れされました。長野市では待機児童はゼロという状態ではありますが、地域によって、そして地域の中でも充足率の違いがあったり、待機児童はゼロであるけれども、それで満足できておる状態ではないのも事実です。首都圏とは単純に比べることもできませんが、長野市らしい保育環境、長野市だからできる環境整備も考えていかなければなりません。少し昔話しになりますが、私の息子はゼロ歳のときから一時保育からはじまり、年度途中からお世話になったのですが、この春の入園式は、既に半年前から通っていたので参加不要と思っていたので6年間通った息子は入園式欠席という結果になってしまいました。そんな息子も今や、小6です。
実は、この9日、10日の2日間は、日頃から大変お世話になっている若手の会恒例の年一回研修旅行の日でもありました。今回は、伊勢神宮から、熱田神宮などの見学に加え、2005年に開港した中部国際空港「セントレア」を見学のコースです。私は上記の業務等を終え、1日目の夜から名古屋で合流という形での参加となりました。熱田神宮は日曜日の早朝いも関わらず本当に大勢の観光客でにぎわっておりましたが、しっかりお詣りさせていただきました。
セントレアは2005年の開港ですが、名古屋方面から空港に近づくにつれ、町並みが田園風景から新興住宅地群に、そして大型商業施設が見え、そしてホテル、空港といった感じで、都市整備が今日まで進められてきたのだな、と感じました。いろいろな経緯があったかと思いますが、次回はいつこの場所に来れるかわかりませんが、風景は変わっていることでしょう。
そんなこんなで週末を慌ただしく過ごし、月曜の朝は篠原孝衆院議員による街頭演説のお手伝いに。夕方より後援会役員さんによる会議および花見会に参加。
夜桜が見事でしたが、さすがに寒く、桜の木の下でというわけにはいきませんでした。またまた、たくさんの激励をいただき感謝感謝です。
4月6日(水)、県教委によると、県下市町村立小中学校346校で入学式が行われ、新たに3万6000人余りが新入学生としてスタートをしたとのことです。
私も、朝から地元小学校の入学式に出席をさせていただきました。それぞれの新入生、まさにピカピカの一年生という言葉がぴったりで可愛らしい限りでした。これまでの保育園・幼稚園時代の送迎での通園から登校班での通学へと変わり、自分の足で歩いて登下校となります。子どもたちにとっては大きな環境の変化に加え、自分の力が必要になってきます。地元区長さん、民生児童委員さん中心にしっかり見守られながらではありますが、地域全体で地域の宝である子どもたちを育てていかなければなりません。
小学校入学式を中座させていただき、私が同窓会長を務める長野南高校入学式に出席。ここ数年は毎年出席させていただいておりますが、今年の新入生はやや元気がないのかな、と印象を受けました。それでも、まだまだ不安の方が大きい状態であるでしょうし、明日からの高校生活において自信を持って日々過ごしていただきたいと願っております。高校生活3年間で得るものは大きいと思います。それは個々で違いはあると思いますが、将来への希望が少しづつ具体的になるとともに、卒業後の進路を自分自身で切り開く力が身につくはずです。
午後、こちらも私の母校である更北中学校の入学式に出席。ブカブカの制服姿がやはり、ピカピカの一年生の言葉がぴったりで、心も体も大きく成長していく3年間、卒業の頃には制服もきつく感じることでしょう。多感な時期である中学3年間、私も中学生の娘を持つ親ですが、子どもたちの成長に伴って多少なりともギクシャクしがちな親子関係。子どもたちの成長とともに親もしっかり成長をしていかなければなりません。子どもがいくつになっても親も一緒に成長ですが、親にとって大きな試練がこの中学生時代なのかもしれませんね。
私も議員1年生、この春入学された新入生に負けないように奮闘してまいります。
本日、更北地区青少年育成部会主催「第18回ひな祭りの集い(流し雛)」が八幡原史跡公園内にて行われました。私もお手伝いさせていただき、昨年に引き続き参加しました。この流し雛(ながしびな)は 雛祭りのもとになったといわれる行事で、祓い人形と同様に身の穢れを水に流して清める意味の民俗行事として、更北地区育成部会では”健やかな成長を願い”毎年行われております。
天候にも恵まれ、史跡公園内ピクニック広場は多くの家族連れが日曜日の春のひと時を楽しんでおり、流し雛にも老若男女大勢の方々が身の穢れを水に流して清めたことと思います。この行事には地元の、そして私の母校であり、私が同窓会長を務めている長野南高校の生徒さんも毎年参加してくれており、お茶を立てて来場者にお茶を振る舞い、私も一杯いただきました。公園内の小川で雛を流すのですが、下流地点で流れてきた雛を救い上げる任務を仰せつかりました。いつも以上に水量が多く、また、流れが速く少し手間取ってしまいました。
さて、この川中島古戦場に隣接する史跡公園、市立博物館に関して、更北まちづくり委員会でも大きな課題として遡上にのぼっているのですが、もっと活性化に繋げる活用ができないものか、もっと大勢の人たちが集える場所と成り得ないのか等々、これから具体的な計画を作成しながら長野市とも協議を行っていくことになります。午後は、たまたま、この古戦場及び史跡公園のある小島田地区委員会総会があり、お招きをいただきました。更北地区全体の課題である以上に、地元小島田地域でも、これまで要望書などを市に提出するといったご努力をさえれtきております。こうした大きな課題に向き合い、私も地元議員として、先輩議員とともに邁進していかなければなりません。