長野市議会議員会派

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青木島遊園地廃止問題 ~そこに内在する抜本的課題~

今や社会問題となっている「青木島遊園地廃止問題」について、市民の方々から 実にさまざまなご意見(声)をいただいています。

そして、その殆(ほとん)どが「(遊園地は)存続すべきだ」との〝声〟であることを実感しています。

「子どもの遊び場を大人の事情で奪うべきではない」と、遊園地を利用できなくなった子どもらを親身となって思う方々の声は日増しに大きくなっており、どの人に水を向けても同じ答えが返ってくるのです。

私自身、会う人ごとに「遊園地は存続を!」との〝民意〟を聞かせていただき「これ(民意)は 何とか行政に届けなければ」との 責任感のようなものを強く感じているところです。

 

でも、その一方で「区(区長)が廃止を決めたのだから(廃止も)仕方ないじゃん。」という風に言う人もおられます。

「だって、地元の区が設置を要望して設置されたものが、今度は地元の区が廃止を要望しての廃止。このことについては手続き上の瑕疵(かし)は無く、(遊園地の)廃止はやむを得ないよね。」というものです。

この〝手続き上の瑕疵(かし)は無い〟ことについては、至極ごもっともであり、長野市行政サイドも それ(区長の要望で廃止)を盾(たて)にして、これまで変わらず廃止を進めようとしています。

ところが、民意はそうでは無い。

地元住民をはじめ実に多くの方々が「遊園地存続」を願っておられる。

この いわば〝ねじれ現象〟の原因はどこにあるのでしょうか。

これは詰まるところ「区(区長会)の決定が 必ずしも民意を反映していない」のではないか と。

で、この矛盾ともいえる結論づけが 今回の問題の根っこにあり、そしてそれは、今の長野市都市内分権そのものの問題点でもあると言えるのです。

 

これまでも述べているとおり 今回の「青木島遊園地廃止問題」において 市は、設置するときには住民説明会を行なうも、イザ廃止となったら それ(説明会)も無く、区を相手に行政手続きだけを進めて(進めようとして)います。

しかし ここで問題となるのが、区(区長)や関係者は 市からの打診を一部の役員さんだけで受け止めて解決(回答)してしまっていること…例えれば、市から投げられたボールを 住民の間でパス回し(=みんなで検討)することなく直接投げ返してしまい、それを受けた市は「はい、キャッチボール成立」とジャッジし、それを根拠に「手続きに瑕疵はない」として話しを進めようとしているのです。

ピッチ(地元)には多くの選手(住民)が居るのに、その人たちはボールに触れること無く たった2人の選手(区と市)のキャッチボールを眺めるだけで「はい、ゲームセット」と宣言されたのでは、ストレス以外 何も残らないというのが実際のところでしょう。

 

しかし これは、試合巧者の市行政チームの あざといゲームメイクと申せます。何というか〝隠し球を駆使する常勝チームの手法〟とでも申しましょうか。

今回の試合運び(青木島遊園地廃止)は、いわばルール上は問題は無いのです。

しかし であるからといって、チームメイト(住民・市民)を置き去りにして 半ば勝手にゲームセットを宣言してイイものでしょうか?

そこにはチーム内の分裂と禍根しか残らない、いわば空(むな)しい試合結果に終わるのではないでしょうか。

そうならないためにも、ここは一旦「タイム!」を取って もう一度円陣を組み、本当にそれでイイのか選手(住民)全員でミーティングを行なったうえで 相手(市)に投げ返すボールを吟味すべきです。

いわゆる全員野球による取り組みによる試合結果ならまだしも、一部の監督・コーチの勝手な判断による強硬なゲームメイクには、選手(住民)はもとよりスタンドの観衆(多くの市民)もブーイングを送るばかりとなるのは必定です。

 

このこと(行政手続きにおける住民合意を 住民自治協議会や区長会の一部役員と交わし了とすること)は、今の市政運営における遍在化する課題ともなっています。

「住民合意」とは 何をもって了とすべきか、改めて その課題が浮き彫りにされています。

 

 

そして私は、今回の案件の〝もう一つの問題点〟を指摘せざるを得ないところです。

「歴代の担当職員たちが、何の問題意識も無く 課題をそのまま申し送っていたこと」であります。

青木島遊園地が設置されて18年・騒音問題も ほぼ同じ歴史を辿る中。

この間 おそらく複数回に亘る職員の異動が行なわれてきたことでしょう。

にも関わらず、一度(ひとたび)起こった苦情対応の稚拙なやり方は、職員が変わっても 何ら改善や工夫も行なわれることなく、そのままの状態(稚拙な対応策)で申し送られ、ただただ無為に年月を重ねることになってしまいました。

この間、途中で「これ(この対応)って おかしいんじゃないか。」と気づく職員はいなかったのでしょうか?

今回の稚拙な対応…百歩譲ってやむを得なかったとしても、途中 異動で着任した職員が「おかしい・ふさわしくない」と思って 改めて検討を行ない、事態の改善に向け早期に努力を重ねていれば、今のような泥沼決着(してませんが)には至らなかったのではないでしょうか。

で…これは非常に残念な予想ですが、所管となった歴代職員の中に 市の対応を「おかしい」と思った者がいても「前任がそうだったなら…」として 言うべきことも言わず、そのままを看過して勤務を続け 結果として事態を固着化することになってしまったのではないかとも思わされるところです。

このような 行政にありがちな〝悪しき前例踏襲〟が、今回の残念な経過の呼び水になってしまったのではないかと思うとき、残念というほか無いのが正直なところです。

 

そんな厳しい状況ではありますが、心ある地元住民は ひたすらに「子どもたちのため」を合言葉に、非常に純粋な心地に立って 青木島遊園地の存続を願い、地道な活動を展開されています。

そんな 純白なユニフォームで試合に臨む初出場チームが、試合巧者の常勝チームと どのような試合運びができるかは未知数でしかありませんが、いずれにしても 多くの声援(存続を願う世論)を背に全力を尽くしてもらいたい。

私も応援団の一員として「できること」を模索しながら、共々に歩んでゆきたいと思うところです。

 

 

青木島遊園地廃止問題 ~長野市の説明に欠落しているもの~

今や大きな社会問題にもなっている、長野市の「青木島遊園地」の廃止問題。

去る23日に「青木島遊園地の存続を願う地元住民有志の会」が発足したことを契機としたように、関係するところで さまざまな動きがあり、改めて社会の注目を集めることとなっています。

このブログでも既にお伝えしているとおり、今回の遊園地廃止の決定プロセスにおいては 何ともいえない「釈然としない感」が満ち満ちており、経過を追えば追うほど「何で?」と思わざるを得ない事項が連なることとなっています。

この〝何ともいえない釈然としない感覚〟は、おそらく多くの読者みなさんも同じではないでしょうか?

 

これまでもレポートしているとおり、長野市は 遊園地廃止に向けて「6つの理由」を掲げ「だから廃止します」として結論づけようとしています。

しかし、その廃止理由には かなりの無理があり…何というか、合わないピースを無理矢理押し込んで完成させようとするジグソーパズルのようです。

 

 

 

ところが、市行政が無理矢理完成させようとしているジグソーパズル(=遊園地廃止)について、その様子を見ている市民は「どう見てもピースが合っていない!」と指摘せざるを得ない状況になっているのです。

前掲の「(廃止に向けた)6つの理由」についても、先日のブログで簡単に触れたとおり その理由は何とも拙(つたな)く説得力に乏しいものであり、それをもって 市民の方々が「ヨシ、分かった!」と、首を縦に振ることにはならないことは ご案内のとおりです。

 

そのうえで 今回の案件には、物事の根本的な視点が欠落していると言わざるを得ないところであり、もしかしたら それが「釈然としない感」の大元(おおもと)になっているのでは…とも思わされるのです。

 

今の長野市の論法の中に欠落している点。

第一に それは「子どものためにどうすべきか」との基本的な視点です。

そのそも あの遊園地は、地元住民の方々が「子どもたちのために」という思いで設置したものです。ところが、一連の問題が生じた際には そこのところ(子どもたちのために)の視点を置き去りに話しを進めようとしていることに、(私を含め)多くの市民が「釈然としない」思いを抱かされているのではないか…と考えます。

長野市が掲げる「6つの廃止理由」は、あくまで〝大人のケンカ〟をどう片つけるかに腐心した末の無理矢理の結論であり、そこに「子どものためにどうすることが最善か」の議論は存在しません。

クレームを寄せた住民への〝対処療法〟は、子どもを黙らせる・遊ぶ子どもの数を制限する・ひいては 遊園地から子どもを引き上げ、建物内に押し込める 等々、物事の解決のために 全て〝子どもを犠牲にして〟その場を凌(しの)いできただけなのです。

この 本末転倒の論法に、私たちは大きな違和感を禁じ得ないところです。

 

第二には、市民(近隣住民)への説明不足…もっといえば〝説明の回避〟という点です。

前掲のとおり、この遊園地は 近隣住民の要望によって設置された施設であり、設置の際には事前の住民説明が行なわれたと聞き及んでいます。

ところが です。

今回の降って沸いた「遊園地を廃止します」の決定の際には、そこ(廃止)に向けた事前の説明会が開かれた形跡は無く、いわば〝後出しジャンケン〟のようなのです。

このことについて市は「区長さんとの話し合いを行なった」と説明(言い訳)をするところですが、代表者(区長さんら)と話したから それで全ての市民への説明に代えるというのは、あまりに乱暴な話し。もっと言えば「遊園地を造るときは全員集めておいて、廃止のときは一部住民の承諾で済ますのはオカシイ」と言えるのではないかと思います。

さらに言えば、市は「説明」の範疇(はんちゅう)に、主たる利用者である「子どもたち」を含めていないこと…もしかしたら これこそが、市の行動が「釈然としない」最大の理由ではないかと思われるところです。

 

一連の問題が表面化して以降、荻原長野市長は「住民の方々の声を聞きたい」と再三に亘り発言していました。

そのうえで 12月議会終了後に「現地を訪れる」との報が入ってことから、私を含め関係者は 少なからず期待を抱いたものでした。

ところが、です。

今回の件で 荻原長野市長が最初に足を運んだのは、なぜか 同じ青木島でも「小学校」だったのです。

なんで、小学校?

本来 市長が行くべき先は、問題の渦中にある「児童センター」や「保育園」ではなかったでしょうか。

 

 

 

そこで、職員・さらに〝主役〟である子どもの声に耳を傾けることが 先ずすべきことではなかったのでは。

 

また、市長は「区長会などと意見交換を行ないたい」と、記者会見などの公(おおやけ)の場で述べていました。

 

 

 

私たち関係者は、市長が いつ区長会に足を運ぶのか・そこで何が語られるのかを大きな関心をもって その日を「待って」いました。

ところが、です。

後の情報で、荻原市長は 去る25日、いわば〝電撃訪問〟の形で(周囲に)予告することなく更北区を訪れ、そこで区長さんらと話しをつけてしまったそうなのです。

事前の「行きます!」とのアドバルーンは高く上げておきながら、実際の来訪は いわば頬っ被り(ほっかむり)をしてナイショで行なう…何だか裏をかかれた感の私たちは「何だかなァ…」と 至極残念に感じたものでした。

 

そのうえで、翌日の新聞には 市が「住民説明会」を行なうことが報じられました。

で 私たちは、当然 市長が(説明会に)出席すると思っており、その前提で記事を追ってゆくと…

 

 

 

あろうことか 所管の公園緑地課は、市長の出席について「答えられない」としていたのでした。

この記事を見て「残念」と思ったのは、私だけではないでしょう。

 

 

 

なぜ 市(市長)は、そんな〝様子見〟のようなことをするのでしょうか。

本当に、遊園地の廃止について 一点の曇りも無いとすれば、市長自身が住民説明会に出席して 堂々と廃止を明言すればイイじゃないですか。

 

それが 直ちにできない。もしかして「雲行きが良ければ出るし、悪ければ出ない」というのか。

それは まるで「勝てそうな試合なら出場するし、負けそうなら出ない。」との日和見主義に他ならず、あざといエントリー判断と言わざるを得ません。

確か荻原市長は オリンピック金メダリスト、スポーツマンシップを極めた人ではなかったか。

そんな氏が、市民と直接向き合う場に「出るか出ないか答えられない」とは…残念というか 情けないとまで言いたくなるところです。

 

今回の「青木島遊園地廃止問題」は、長野市が「子ども」に向き合う姿勢を問われることとなっています。

これまでの荻原市政は、市長が就任後のさまざまな場面で 自身が4人の子どもの父親であることを口にしており、市長選の公約でも「子育て支援」を強調し、新型コロナの影響を受けた子育て世帯への独自の給付金支給・10月には福祉医療費給付金制度の見直しも市社会福祉審議会に諮問するなどし、そして、各部署にまたがっていた子育てに関するさまざまな相談にワンストップで対応する こども総合支援センター「あのえっと」を設置するなど、子育て支援に力を入れ それなりの評価を得てきました。

 

 

 

しかし…これは非常に残念ながら、今回「青木島遊園地」を廃止に追い込むことで、これまでの「子育て環境重視」の荻原市政の評価は 大きく下落することになってしまうでしょう。

いくら詭弁(きべん)を弄(ろう)してみても「子どもの居場所を奪った市(市長)だよね…」の〝黒歴史〟は消すことはできず、事(こと)ある毎にそのマイナスイメージが付きまとい〝そういう目〟で見られ続けることは必至であると言わざるを得ないところです。

 

繰り返せば、今回の「青木島遊園地廃止問題」において、長野市(市長)は いちばん肝心な部分を置き去りにして話しを進めようとしている。

でも、今ならまだ間に合うのです。その身にかかろうとしている汚名を 今なら払拭することができる。

さきに発足した「青木島遊園地の存続を願う地元住民有志の会」は、決して施策の転覆を狙うクーデター組織ではなく、それどころか 課題の円満解決を願いながら住民の総意に基づき(存続に向けた)純粋は活動を行なっておられるのです。

市(市長)は、今こそ これら純粋な団体を胸襟を開いて意見を交わし、共に「子どもたちのため」を共通理念に(一緒に)歩む道を選ぶこと。それで 皆が課題を矛(ほこ)に収めることができる、そのことに気づいてほしいと願うばかりであります。

 

青木島遊園地廃止問題 〜誰がどう見ても釈然としない廃止理由・経緯~

今や 長野市イヤ全国的な社会問題にもなっている「青木島遊園地廃止問題」ですが、長野市が唐突に「施設の利用停止→3/31で廃止」を打ち出して以来、さまざまな方面・者(人)からさまざまな意見が寄せられることとなっています。

 

それら さまざまな経過を経る中で、過日「青木島遊園地の存続を願う地元住民有志の会」が発足されたのは ご案内のとおりです。

今後 会のメンバーさんらは、純粋な心根のうちに 子どもの居場所が維持できるよう、この遊園地の存続を期して活動展開することになります。

 

ところで この青木島遊園地を巡るさまざまな問題は、18年の年月を経る中で 多くの「矛盾」ともいえる事象を孕(はら)みながら推移していることが報じられています。

そして その経過の多くに、何とも釈然としない出来事が累積しており「ホントに こんな状況で廃止を決めてイイの?」と聞きたくなるような様相となっています。

 

問題の追求は、信濃毎日新聞の「声のチカラ」コーナーです。

このコーナーで 昨年12月に、かかる青木島遊園地の廃止問題が取り上げられ、その(問題の)性格上 社会の注目を大きく浴びることとなり、現在の状況に至っております。

この問題を記事として取り上げたM記者は、独自取材を交えて 多岐に亘り遊園地廃止を取り上げています。

そして その取材により、市の対応等にさまざまな齟齬(そご)がある(あった)ことが炙(あぶ)り出されています。

 

遊園地で遊ぶ子どもたちに対する苦情は2021年3月の1回だけだったのに、その後も複数回に亘って苦情が寄せられてきたとの間違った報告や、それまで20~30名の児童が遊園地で遊んでいたのに、その事実が無かったとする報告を挙げるなど、その内容の多くに事実誤認があったことが取材によって明らかになっています。

 

 

 

また、後の記事では「青木島遊園地」の維持管理の担い手について、一部の近隣住民による苦情によって担い手確保が見通せない状況の中、草刈りなどの活動を行なってきた隣接の児童センターの館長が市側に「(遊園地を使えないなら)活動を担えない」と伝え、その後の区との話し合いの中で「(苦情により)子どもたちが遊園地を利用できないのであれば、このまま施設を継続する必要がないと思う」という流れができたこと、さらに後の話し合いでは 児童センターの館長が「翌年度以降は草刈りなどの活動は担えない」と遊園地の管理にダメを押すなどしたことから、区長から「児童センターなどで利用しないのであれば、廃園するしかない」との意見が出ることとなってしまったことが伝えられていました。

で、その意見交換の後に 市(公園緑地課)は「廃止するには区から『廃止届』を出してもらう必要がある」と説明し、そこに「市(公園緑地課)としては閉鎖してほしいとは言っていない」と付け加えた上で「来年からは地区で 草刈りなどの愛護会活動をお願いできないか」と尋ねました。これに対し、区長からは「使っていない遊園地をこのまま存続するのもいかがなものか」との意見が続き、最終的に区長会が廃止届を出すことになったのです。

しかし 長野市には遊園地廃止に関する規定を設けていないことから、遊園地を廃止するのに地元区長会の廃止届は必要ないのです。にもかかわらず区長会に廃止届を出させたのはナゼか?など 記事を通じても釈然としないことが指摘されていました。

 

 

 

さらに、長野市がホームページにUPしている「青木島遊園地の廃止を判断した経緯について」も、何だか釈然としない内容になっています。

 

「青木島遊園地の廃止を判断した経緯について」長野市ホームページ

            ↓

https://www.city.nagano.nagano.jp/soshiki/kouen/722195.html

 

この中で、PDF版で 改めて「青木島遊園地の廃止を判断した経緯について」が掲載されているのですが、それを読んでも 釈然としない説明が列挙されているのを実感させられます。

 

 

 

この項「廃止を判断した理由」として「はじめに」に〝「一人の意見で廃止」と報道されてきましたが、青木島遊園地廃止の判断に至った理由は次のとおりです〟とされています。

冒頭から「言い訳」で入る異例の展開となっています。

その後、6つの理由が箇条書きされているのですが、その一つひとつが釈然としない記述となっています。

① 児童センター・保育園・小学校に囲まれた立地の特殊性から利用が集中する環境→そもそもこの遊園地は、かかる3つの施設の子どもがみんなで利用する(遊ぶ)ための環境じゃないか。
② 現在、遊園地がほとんど使われていない状況→実際には「使わせていない状況」じゃないか。
③ 近隣施設の管理者からの「これからも遊園地は使わない(現状では利用が実質困難)」というご意見→これとて 使わなかったから招いた状況じゃないか。
④ 設置を要望した地元区長会からの廃止の要望→廃止要望は 市が出させた(出すように仕向けた)のではないか。
⑤ 愛護会活動の担い手がいないこと→担い手は、いる。
⑥ 遊園地用地が借地であり、今後も借地料が発生していくこと(それも込みで設置を認めたんじゃないか)

読めば読むほど、釈然としない記述となっています。

 

 

・・・・・・。

長野市は、いったい何で この遊園地の廃止にしがみつくのでしょうか?

何を潰したい、いや潰すことで いったい何を守りたいというのでしょうか。

一連の黒歴史の中で、一番の被害者は なにいう無垢な子どもたちです。

大人の都合(不毛な争議とその不適切対応)によって我慢を強いられる日々…言っちゃあ何だが コロナよりタチが悪い。

 

こんな結末を許してはならないと思う。

しかし、既に賽(さい)は投げられたとの気配が…

この悪しき流れの中で、市民の良識は通用するのでしょうか。

 

市議会災害対策等調査研究特別委員会視察報告

大雪により行程を一部変更しましたが、1月25日、26日の2日間、新潟県三条市と見附市を視察してまいりましたので、視察の報告をさせていただきます。 1月25日(火) 〇過去の災害と災害からの復興について  三条防災ステーション(三条市水防学習館、新潟県三条市) <概要>  三条市水防学習館は、平成16年の7.13水害及び平成23年7月27日から30日の記録的な大雨による水害、いわゆる7.29水害を受け、水害を忘れず、水害に学ぶことを目的として平成24年5月に設置された。 非常食等が展示され、更に、情報発信モニター、ドア水圧体験、水害降雨再現シアター等により、小学生から大学生、また、各団体等が水害について学ぶ場所となっている。 <所感>  開所当時は別の団体が指定管理を担っていたが、現在、施設を管理しているのは指定管理者かわまち・ドットコム。開所当時は多くの見学者があり、水防学習の場として機能していたが、昨今に至っては、見学者を呼び込むことが一つの課題であるとのこと。その一環として「ミズベリング三条」と称した自由に利用できるエリアを再構築しながら水防学習に繋げる取り組みを行っている。  7.13、7.29水害発生以降、三条市及び周辺市町村、更に、国や県による復興事業が行われ、水害発生リスク低減が図られている一方で、過去の水害について学ぶ意欲が薄らいでいる側面があると思われる。 長野市は、現在、様々な復興事業、治水対策、とりわけ、国県及び流域市町村とともに河川整備等を進めているが、行政機関はもとより、各議会、住民は進捗状況をつぶさに点検し、過去の水害から得た教訓を後世に繋ぎ、気候変動等の状況の変化に伴う水害発生リスクを忘れないために、長沼防災ステーションにおいて、常時、災害学習が可能な常設型のスペースを充実させることが必要ではないか、と考える。 〇信濃川水系下流域での災害の状況について 信濃川大河津資料館(新潟県三条市) 大河津分水路の川幅拡幅工事について(にとこみえーる館、新潟県三条市) <概要>  2022年8月、大河津分水路通水100周年と関屋分水路50周年の節目を迎えた。しかしながら、大河津分水路改修事業は現在も継続中であり、更に、令和元年東日本台風等を受け、事業完了年度が当初の令和14年度から令和20年度へ、また、全体事業費も当初予算から500億強増額となる約1,765億円となる大規模な事業である。  また、「にとこみえーる館」は、現在工事中の現場にほど近く、大河津分水路改修事業の工事内容を知ることが出来るとともに学ぶことができる施設となっている。 <所感>  信濃川水系河川整備は、河川法に基づき、平成21年に整備基本方針、平成26年に整備計画が策定され、概ね30年で河川整備を進めるとされてきた。しかし、度重なる洪水被害、特に、令和元年東日本台風災害を受け策定された信濃川水系緊急治水対策プロジェクト、その整合性を取るために変更された河川整備計画により、千曲川、犀川を含めた信濃川水系における河川整備は大きな転換期を迎えている。国等は常に上下流のバランスと口にするが、プロジェクト、河川整備計画はそれに基づいたものだと認識しているが、上下流のバランスを口実に、上流の整備が遅滞することは許されることではない。計画に則り、着実に事業を進めていくことを強く求めたいところだ。  「にとこみえーる館」の存在は、上下流域住民にとって、大河津分水路改修工事の早期完了は悲願である一方で、ハード面強化に関する事業の壮大さと道のりの長さを実感できる場である。予算や工期を再認識することで、ソフト対策への理解と協力の推進につながることに期待を寄せたい。 〇近年の災害と流域治水等の取り組みんについて 災害からの復興と課題 田んぼダム、備蓄等計画(見附市役所、新潟県見附市) <概要>  見附市を流れる刈谷田川は、信濃川下流域の再上流部に位置する。平成16年7月の7.13水害において、刈谷田川で6箇所の破堤、そのうち5箇所が見附市域であったことに加え、7年後の7.29水害を受け、刈谷田川ダムの治水機能20%の向上、堤防の嵩上げ、屈曲部改修、そして田んぼダム、遊水地整備が進められた。  見附市の田んぼダムは、県営圃場(約1200ha)の活用も功を奏し、長時間降雨では下流、短時間降雨時は上流への効果が大きい等、農業が持つ多面的機能が発揮されており、新潟大学の調査においても、地の利を活かしての効果の高さが評価されている。 <所感>  現在、国を挙げて取り組みが進められているのが「流域治水」である。「流域治水」は、河川、河道への流出量の抑制を目的としている。つまり、農地をはじめ、学校校庭、道路、駐車場等において、最大限貯留し、河川の氾濫を防ぎ、被害を極力小さくするための対策である。刈谷田川ダムの貯水量(393万トン)の64%となる252万トンを貯留可能とする田んぼダムの効果は新潟大学の報告でも裏付けられ、取り組み当初に直面した課題を乗り越え、事業確立に至ったことは、行政はじめ関係者による治水安全度向上に対する強い危機感からだと受け止めた。心より敬意を表したい。  更に、意義のある取り組み事例は、水位調整官の取り換えだ。設置当初の横穴式では、地主の操作が必要であることから田んぼダム実施率が約39%と機能させるには不十分であった。そこで、操作不要となるコーン型に入れ替えたことで実施率が約100%となり、床上浸水ゼロとなる等、関係者の柔軟かつ積極的な姿勢、取り組みは治水対策を進めるうえで、大いに参考とし、長野市でも醸成しなければならないことだ。  長野市を含む千曲川・犀川流域において、見附市スタイルをそのまま採用することは困難かもしれないが、小さくともすべての農地が貯水能力、多面的機能を発揮し、河川への流出量抑制に繋げる取り組みを更に強化する必要がある。  また、見附市田んぼダム事業において特筆すべき点として、総事業費約1,500万円で、実に、刈谷田川ダムの総事業費の0.027%であったことを挙げたい。多額の経費、長年にわたる工期等のこれまでの治水対策における常識を覆す取り組みとなったのではないか、と考える。   本市は、全ての市民、事業所等が協力できる体制構築のための取り組みについて、まだまだ十分とはいえない。流域治水に必要なことは何なのか、再度、検討し、事業化を進め、生命及び財産を守り抜く施策を求めたい。 〇近年の災害と流域治水等の取り組みについて 遊水地整備の経過(見附市役所、新潟県見附市) <概要>  平成16年7月の7.13水害を受け、平成16年から22年、事業費約34億円が投じられ、刈谷田川における洪水対策(新潟県長岡地域振興局整備部の刈谷田川災害復旧助成事業)として、遊水地整備が進められた。  同遊水地は、地役権方式が採用されており、約91町歩(約99ha)、355戸の農地所有者によって、通常は水田としてそれぞれ耕作され、洪水となった際、刈谷田川に流れる水を一時的にため込むことで下流への流量を減少させる機能を担っている。刈谷田遊水地は面積912,000㎡、計画貯水容量は2,347,000㎥で、刈谷田川ダムの貯水量(393万トン)の約60%に値する。遊水地により刈谷田川の水位を約35cm低下させる効果を発揮し、平成23年7月の7.29水害では、平成16年のような大きな災害から地域を守った。 <所感>  長野市を含む長野県域において、信濃川水系緊急治水対策プロジェクトに則り、現在、蓮(飯山市)、上今井(中野市)、塩崎(長野市)、埴生、平和橋(共に千曲市)の5カ所で遊水地整備計画が進められている。しかし、住民の合意形成、他整備の進捗状況等により、着工そのものに遅れが生じると言われており、遊水地整備完了の遅れがもたらす影響を懸念するところである。  篠ノ井塩崎に計画されている遊水地整備における事業進捗管理、更に、その後の維持管理等において、本市には一定の責任がある。地球温暖化が進展し、更なる豪雨災害リスクの高まり、被災地区でもある篠ノ井地区のみならず、水害リスクに不安を募らす多くの流域住民は早期完成に期待を寄せている。  他方、農作物補償、農地移転など、当事者が直面している課題もあり、多くの関係者は理想と現実の間で思いは交錯している、と受け止めている。  しかし、遊水地整備によるリスク軽減は、刈谷田川遊水地の実績からその効果は明らかであり、一刻も早い整備完了が流域住民の生命と財産を守る上で、行政として果たさねばならない責務である。 刈谷田川遊水地は地役権を設定した上での整備が行われた。地役権は原則、洪水により収穫が見込めなくなった場合でも補償されない。刈谷田川遊水地においてもNOSAI等の保険への加入を進めているとのことだ。  それぞれ地域には賛否さまざまな意見、考え方があるが、毎年のように起こり得る記録的な大雨、大型化している台風上陸においても、地域を守り得る安全性をより高めるために、本市は今以上に何ができ、何をしなければならないのか、すべきか等、今こそ整備に向け、主体的かつ能動的に動かなければならないのではないか。 以上です。  つくづく感じるのは、緊急性がありながら中々事業着手に至らないケースが多い、ということです。災害対策だけでなく、日常生活を送るうえで、可及的速やかな対策が必要な事業も然りです。  私たちは、常に、市民生活が第一の視点で、行政に対し、喧々諤々、議論をしていかなければなりません。 治水対策は、私にとっても最重要テーマです。視察で得た事項を今後の活動に活かしてまいります。

青木島遊園地の存続を願う地元住民の会が発足 〜影ながらのお手伝い〜

今(25日)、議会の行政視察で 新潟県三条市に来ています。

戸外は大荒れ、雪が横から降る(吹く)嵐の様相となっています。

本来だと24日~26日の予定でしたが、公共交通機関の計画運休もあることから、予定を早めて今日(25日)に帰長することになっています。

 

で…この週末、ブログの更新が儘(まま)ならなくなってしまいました。
読者のみなさんにおかれては「何やってんだ!?」と思われた方もいらしゃったことと存じますが、実はこの週末 不測の「オファー」が舞い込み、その対応に追われることとなってしまったのです。

この場では、その詳細についてご報告いたします。

 


先週の 確か金曜日、旧知の知人から「私の知人が悩みに悩んでいるので、相談に乗ってほしい。」とのことでした。

内容は?と問えば「青木島遊園地の存続問題です。」とのことでした。

この件に関しては みなさんも既にご案内のとおり、今や長野市のみならず 全国的な話題になってしまっていることもあり、その件について「ぜひ相談に…」とあっては断る理由も無く、時間を合わせて面会させていただきました。

その方(Aさん)によると、青木島遊園地を巡って 市が「廃止」の方向に進み、もはや既にその方針を固めつつあることに対し、遊園地の周辺(青木島地区周辺)に暮らす多くの心ある住民の方々が心配の声を挙げている というのです。

で さらに、その真意はと問えば、かかる多くの地元住民の方々は「青木島遊園地の存続を願っている。」とのことなのでした。

このことに関しても各位ごとご案内のとおり、市(公園緑地課)は 来る3月31日をもって同遊園地を廃止することを決定し、行政手続きに基づき 廃止に向けた作業を粛々と進めることになっています。

で、このこと(廃止理由)について市は「地元区からの要望に基づいての廃止」としていますが、しかし 周辺住民の「思い」は全く逆…実に多くの住民が施設の存続を求めて(願って)いる とのことなのでした。

さらに伺えば、住民の方々は 昨年末頃、公園を管理する「愛護会」が、その活動ができなくなったとされ、それ(愛護会活動の休止)が遊園地廃止の理由の一つに挙げられていることも「事実誤認である」とし、それならば と、心ある(公園周辺の)住民に愛護会の再結成を募ったところ、10名を超える方々が手を挙げてくださり まさにアッという間に再結成の動きとなったそうです。

さらに、子どもに対して思い入れの深い 区長経験者の方(Bさん)が、この際は 地元住民による「遊園地存続を求める会」を設立し、市(市長)に対して 地元住民の思いを伝え、市(市長)の理解と共感を得たうえで 遊園地の存続を果たしてゆきたい、との 実に純粋かつ熱意に溢れる意思表示をされておられたのでした。

そんなみなさんの真摯な思いを伺い、私も共感せずにおられませんでした。

ただ、リーダーのBさんが「あくまで地元住民の手で活動展開したい」との思いや、私たちのような者が過干渉すれば あらぬ力学(りきがく)が生じかねないことから、あくまで黒子に徹することとし、いわば裏方として活動をお手伝いさせていただくことといたしました。

とは言っても、この手の活動は最初が肝心。私の方では かかる「青木島遊園地の存続を願う地元住民有志の会」の設立・さらに「愛護会」の再結成にあたっての それぞれの団体の「規約」の原案づくりを行ない、さらに Aさん・Bさん さらに遊園地の隣りに住み、施設の設置の際に中心的役割を果たしたCさんなどを核とし「賛同者」を募ることを提言しました。

 

で…活動を始動した中、私は この活動が〝時間との戦い〟であることを直感的に感じました。

と いうのも、どうやら荻原市長が 来週の半ばに当該の更北区に足を運び、そこの区長会と面談するらしいとの情報が伝わってきたのです。

そのことは、残念ながら現時点で「遊園地廃止」を明言している市長が当該の更北区に行くということは、民意を理由(詭弁)として「廃止でよろしいですね。」との悪しき念押しをしに行くとの〝来訪目的〟が透けて見えることから、その〝儀式〟が終わってしまえば いくら熱心な活動を立ち上げても遅きに失することとなり、その努力の大部分が徒労に終わってしまうことが想定(懸念)されると〝直感〟したのです。

もし、心ある住民の思いを少しでも現実に近づけるためには、何としても市長が更北区に行く前に 新たな組織の立ち上げを内外に表明しなければなりません。

 

そうなると〝善は急げ〟であります。

私や 既に活動の指南にあたっておられる同僚議員の立場として、組織の規約の作成や 活動のベースとなる会を組織化するよう準備を急ぐことを促すと同時に、それと並行して 週明け早々に記者会見を行なったうえで「要望書」を市(市長または都市整備部長)に提出する段取りに奔走することとなりました。

いわば 本来はマラソンの距離を100m走のペースで走るかけっこのようなものです。

 

ただ幸い 今回の活動メンバーは、いわば〝チルドレンファースト〟の心からか 合流当初から気持ちが通じ合っており、非常に慌ただしい中での行動も関わらず 互いを尊重しながら、必要に応じて作業を分掌するなど、まさに阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)で事(こと)に臨むことができ、試行錯誤はありながらも 何とか要望書や規約などの関係書類の作成・記者会見や要望書提出の段取りをつけ、23日(月)に 突貫工事ながら本番を迎えることができました。

 

会の求めに応じて 23日に会場を確保(設営)すると、そこには多くの報道陣が集結 メディアの方も未だ強い関心を示していることが再認識されました。

 

 

 

記者会見は 会を主宰するKさん(元 青木島地区内の区長経験者)の主導で行われました。

Kさんの方(ほう)から、この会を立ち上げるに至った 地元住民の遊園地に対する思い=未来ある子どもたちの環境(の維持)に対する思いが語られ、そのうえで 今までの行政の偏(かたよ)った取り組み・多くの地元住民の思いを置き去りにした いわば一方的ともいえる行政手続きについて大きな疑問を呈したうえで、要望書の朗読をもって活動の趣旨説明とされました。

 

 

 

 

要望書の全文は下記のとおりです。

 

「青木島遊園地の存続を願う地元住民有志の会」要望書

 

 荻原市長を初め長野市職員の皆様には市民のために様々なご尽力をいただいておりますことに深く感謝申し上げます。

 私たちは昨日新たに「青木島遊園地の存続を願う地元住民有志の会」を発足させました。すでにj現在青木島遊園地の存続については、心ある方々による署名活動が行われており、大変心強く思っております。同時に地元住民の中からも地域の子どもたちのために遊園地を廃止してほしくないという多くの声があがっており、地元住民の思いを直接長野市に届けていきたいと居ても立っても居られない気持ちでこの会を発足させる運びとなりました。

また子どもたちも長年にわたって遊園地で遊べる日を待って我慢してきました。遊園地を残してほしいと願う子どもたちの代弁者としても今、声を届けていくのが私たちの役割と考えています。

そもそも青木島遊園地は平成16年地元区長会はじめ青木島小学校PTAなど関係者が土地を確保して長野市に要望して設置していただきました。残念ながらその後一部の住民から苦情が寄せられ、子どもたちをのびのびと遊ばせることができない状態が続き、センター関係者初め、大変苦慮しながらの対応となりましたが、私たちは今後も話し合いを重ねながら、子どもたちのためにこの遊園地を活用していけることに何の疑念もなく、子ども達を見守っていました。

ところが地域住民にとっては突然降って湧いたような青木島遊園地の廃止という報道に大変驚きました。設置するときは事前説明会を開催していただき、地域あげての要望を実現することができました。ところが廃止するときは地元説明会もなく、地域の意向が反映されることなく一方的に決められてしまったと感じています。多くの区長さんは廃止ありきで話が進んでしまったと戸惑っておられるのが本音のところと思います。

地域の中には他の公園もあります。しかしその周辺では同じように子どもたちの遊ぶ声に不快感を持つ住民がいることも事実です。ではその様なところを同じように苦情者の求めに応じて潰していってしまうんでしょうか。子育て支援と言いながら、一方的に大人の意向で廃止することを容認することはできません。

 遊園地の維持管理を行なっていく愛護会についても過日改めて正式に発足する運びとなりました。児童センター、保育園の職員、保護者のみならず青木島遊園地の周辺に暮らす方々の多くが愛護会メンバーに加わっていただくことになりました。

多くの住民が青木島遊園地の存続を心から願い、惜しみない応援をしてくれています。これが地元の偽りのない声であることをぜひご理解いただきたいと思います。私たちは長野市長に直接その思いを伝え、今後も地元関係者にもその願いを届け、力を合わせて遊園地の存続を求めていきたいと思っております。

また近いうちに荻原市長に多くの地元住民の思いを直接聞いていただき、市長のお考えもお聞きする機会を設けていただきますよう強く要望致します。

ぜひ地域の子どもたちを思う地元住民の思いを受け止めていただき、青木島遊園地を存続するよう求めます。

 

青木島遊園地の存続を願う地元住民有志の会

 

 

この記者会見を通じて、青木島遊園地=子どもたちの将来 に心を寄せる住民有志の強い意志が内外に表明されることとなりました。

今後は この要望書を市(市長)に提出すると同時に、一連の報道を見て共感する人・これまでの経過を知るなどして「やっぱりおかしいよね」と確信的に思う人たちが増え、それが濁(にご)りの無い いわば“真水の力”として大きく「育つ」ことが期待されるところです。

 

その後、一連の活動は 夕方の各局ローカルニュースで大きく報道されました。

 

 

 

報道は事実関係のみの伝達に止(とど)まりましたが、その内容について なんというか会の前向きな雰囲気のようなものが内外に伝えられ、今後の大きな反響が期されるところです。

 

 

 

その翌日(24日)には、会の代表者が改めて長野市(都市整備部)を訪れ、要望書を正式に提出したことが報じられました。

そのうえで これ(要望書)は、早いうちに荻原市長の元(もと)に届けるよう重ねて伝えられたそうです。

 

 

 

今後は、会の活動に賛同する住民の声を集積し、いずれは市長を囲んでの対話集会の開催をめざしてゆくとのことであります。

 

この市民活動について 各紙も報道を寄せていました。

 

 

 

その中(信毎/声のチカラ)で、これまで市が挙げてきた廃止理由に事実誤認があったことがスッパ抜かれ、これは改めて行政不信の温床になるのでは…と思わされたところです。

 

 

 

 

そのうえで、私は強く思います。

この会の活動は、単なる いわば〝クーデター〟であってはならない と。

市が無理無理に掲げた廃止理由に、言っちゃあ何だがウソやごまかしがあった。

それ(錯誤)に対しては毅然と「それは違う」と指摘しながらも、だからと言って「そっちが悪い・あいつが悪い」と断罪するのではなく、ときには相手の立場も理解しながら、最終的には「子どもたちのために最適な結論」を見出だす努力を共々に重ねることこそが大切と思います。

そのうえで、今回の遊園地存続運動を通じて「地元」の方々が改めて自分たちの住む地域のことに目を向けて 課題について共々に考えよう!との機運が醸成されれば何よりだと思います。

また一方で、この遊園地存続活動に関わるみなさんや 他の多くの課題に関わるみなさんには、市に(へりくだって)「お願い」する立場ではないということを意強く持っていただければ、とも思うところです。

市(行政)とみなさんは「対等」なのです。

確かに今までは、行政を「お上(おかみ)」と崇(あが)め、いわば役人の決めたことには盲従(もうじゅう)を決め込んできた時代もありましたが、ときは既に令和…時代は変わっています。

 

私の立場においても、みなさんに「対等」という位置関係を意強く持っていただくこと、でも対決姿勢では無い中で自分たちの意見を堂々と言えるよう、「おかしい」と思うときがあったら、それを堂々と口に出してアナウンスするできるようよう計らってゆきたいと思うところです。

 

 

私が見る限り、今後 この「青木島遊園地の存続を願う地元住民有志の会」の舟は、極めて非常に純粋な地元住民の心を乗せて みんなで協力し合いオールを漕ぎながら「未来ある子どもたち」が待つ港へと舳先(へさき)を進めることでしょう。

その周囲にある 市行政や世論は、果たして追い風となるのか それとも行く手を阻(はば)む嵐となるのか…その成り行きは未知数ではありますが、おそらくは、いかなる荒天に見舞われようとも 会の方々の櫓手(ろしゅ)は揺るぐことなく、たとえ僅かづつでも前へ前へと進んでゆくことでしょう。

 

 

そんな純粋なみなさんを、私としても でき得る限り応援してゆきたいと思うところです。

行政視察報告「伊勢市のによる 観光のバリアフリー」

諸般取り紛れ、ブログの更新が儘(まま)ならなくなってしまいました 💦

で、間(あいだ)が空いてしまいましたが、去年11/14~15に行なわれた 所属会派「改革ながの市民ネット」の行政視察報告(後半分)をさせていただきます。

 

 

◇三重県伊勢市「観光のバリアフリー」について

伊勢神宮が在する伊勢市は、多くの方々が参拝を兼ねて伊勢市を訪れること、その中には高齢で身体の動きが儘(まま)ならない人や 障がいのある人が少なからずおられることに鑑み、観光バリアフリーについて造詣を深めています。

令和元年には 三重県が定めた「共生社会ホストタウン」に認定(登録)されるなどして、県内でも観光バリアフリーに積極的に取り組んでいます。

 

伊勢市は「住む人と訪れる人が「おかげさまの心」を通じて交わえるまち」をメインテーマに掲げ「多様な主体を受け入れ、常若(とこわか)の精神とにぎわいにあふれるまち」を 4年後の伊勢市のありたい姿に定めて取り組むこととしています。

そのために「公共×バリアフリー」として 観光地のバリアフリートイレの整備・「民間×バリアフリー」として、宿泊施設のバリアフリー化「パーソナルバリアフリー基準」を推進(推奨)し、あらゆる宿泊客の様態を受け容れることのできる宿泊環境整備を推進するとしています。

 

そして、近年 伊勢市が重点的に取り組んでいるのが「観光×バリアフリー」としての取り組みであり、私たちは 実際に伊勢神宮に足を運び、その取り組みを体感することとし、そこで 類似の観光地(寺社仏閣を軸とする観光地)ながら、長野市との差のようなものを実感することとなりました。

 

 

 

伊勢神宮には「伊勢おもてなしヘルパー」として 有償ボランティアのガイドさんが置かれ、さまざまな様態の参拝客をサポートする体制が整えられています。

境内には 玉砂利の参道や、内宮正宮前の階段などの「バリア」がありますが「伊勢おもてなしヘルパー」は、身体状況や高齢などにより歩行が困難な方の車いす介助や 階段を上る際のお手伝いなどを行ない、参拝をより身近なものにしてくれています。

 

 

 

私たちが伊勢神宮を訪れた際も「ようこそ!」と出迎えてくれ、参拝の補助をしてくださいました。

 

 

 

伊勢神宮には、歩行が難儀な参拝客を対象に 電動車いすが配備されており、参拝客の到着から出立までの間をサポートしてくれます。

 

 

 

特筆すべきは その態勢(姿勢)。常に参拝客を気遣いながら、先ずは事故の無いよう そのうえで玉砂利などの歩くのに難儀な状態でも(参拝に)労を感じないスムーズな支援を行なってくれました。

その究極なのが、正宮への階段登坂支援です。

今までは 歩行困難ゆえに正宮の中に入る(階段を上らなければならない)ことをあきらめていた参拝客も、ガイドさんの支援で階段を上ることができるのです(同伴者の補助も必要)。

 

 

 

車いすの参拝客を、車いすに乗せたまま階段を一段々上り 最終的に正宮の中まで全員が入ることができたのでした(正宮内は撮影禁止)。

 

 

 

私は 今回の視察を通じて、伊勢市と同様に 寺社仏閣を観光の主体とする長野市との「差」を感じざるを得ませんでした。

前掲のとおり、有償ボランティアや電動車いすを配備し バリアフリー観光に万全を期する伊勢市に比して、長野市のバリアフリー体制(態勢)は あらゆる面で立ち遅れています。例えば善光寺境内においても、石畳や登り坂 また砂利敷設の部分も少なからずあり、参拝客の中には難儀を強いられている人も少なからずおられることでしょう。

 

今後 ますます高齢化が伸長する社会においては、観光地でのバリアフリーは欠かせない課題であると申せます。

そのことは、何も施設整備等のハード面だけでなく おもてなしの心の中にバリアフリーの精神を持つソフト面でのバリアフリーも大切な要素になってくると思います。

伊勢市で実感できた 快適で気持ちの良い観光経験を踏まえ、長野市においてもさまざまな面での〝バリアフリー化〟の重要性を再認識したところでありました。

 

 

・・

 

 

やいたしました。

 

 

長野市スポーツ協会新年会 ~部活の地域移行が焦眉の急との共通認識~

去る日(17日)、市内で「公益財団法人 長野市スポーツ協会(以下/スポーツ協会)」の新年会が行なわれ、私は「長野市ソフトテニス協会」会長の立場で出席しました。

 

 

 

このスポーツ協会は、私の属するソフトテニスを初めとする球技はもとより、スキー・スケートや武道や水泳など さまざまなスポーツ団体で構成されており、いわば長野市スポーツ(団体)の集合体ともいえる組織です。

 

長野市は、そのキャッチフレーズを『スポーツの力で未来をつくるまちNAGNO』とし、スポーツを軸としたまちづくりの推進に努めています。

その具体的取り組みとして「第三次長野市スポーツ推進計画」を定め、その中(基本理念)で「スポーツは、体を動かすことそのものを楽しむことに加え、健康増進・まちへの誇りと愛着の向上・交流人口増加・地域経済活性化等・まちづくりの視点において多面的な効果を有する。これらの効果を高めることで、スポーツ分野から第五次長野市総合計画が目指す「まちの将来像の実現」に寄与することを目指す。」としており、スポーツが 競技としての取り組みに併せて「まちづくり」の視点においても重要な役割を果たしていることを示しています。

 

[参考]第三次長野市スポーツ推進計画

         ↓

https://www.city.nagano.nagano.jp/uploaded/attachment/751729.pdf

 

 

 

このことは、私も学ぶ「スポーツコミッション」にも通じるところです。

「スポーツがもたらす多面的効果」の発揚に向け、ときに競技の枠を越えて取り組むことが求められています。

 

[参考]一般財団法人日本スポーツコミッション HP

           ↓

Sports Commission of Japan

 

 

スポーツは、そこに参加することにより 健康な身体や精神を醸成、その中では アスリートとして競技力向上をめざす者・生涯を通じてスポーツに親しんでゆく者など それぞれのスタンスに応じて豊かな人生を送るためのツールとして位置づけられています。

また最近では、実際にスポーツを行なう「するスポーツ」に加え アスリートの活躍を目にしながら応援する「みるスポーツ」そして 大会運営などのスタッフとして(運営を)支援する「支えるスポーツ」についても 広い意味でのスポーツと捉えられており、そういう意味では いろんな(スポーツの)楽しみ方があることを知りながらスポーツに親しむことが肝要と申せます。

 

 

また、出席者同士の意見交換の中で、今後「スポーツ」に取り組む中で、課題意識や 一抹の〝不安〟のようなもの(内容)が吐露され、共通認識を抱いたところです。

スポーツ それも競技団体を担い、競技力向上や底辺拡大に取り組む者(関係者)にとって 焦眉の急となっているのは「部活の地域移行」であります。

これについては 関心のある方は既にご案内のとおり、中学校の週末の部活動について 学校での活動を見直し「地域」に移行しようとする事業計画です。

その背景(目的)には「教職員の負担軽減」が挙げられています。

社会全体が「働き方改革」にシフトする中、こと教職員については 通常の日勤に加えて部活指導が負担として加わり、勤務状況が過度な状況に置かれています。

その状況を改善するために、この際 週末の部活については「地域」におられる有志の方に指導をお願いしたり、地域ぐるみで面倒をみていただく等の「移行」を行なおうとするものです。

 

しかしながら この地域移行は、いわば絵に描いたようにはゆかないのが実際のところです。

そこには、指導者の確保・練習場所の確保・(週末に多い)大会などへの選手の帯同・ケガや不測の事態に備えるための傷害保険の適用の問題等々、「移行」に向けては いわば実質的な課題が山積しており、霞ヶ関(スポーツ庁・文化庁・文科省)の号令にも応え切れていない(応えられない)のが実際のところです。

 

これらの状況に鑑み、所管のスポーツ庁と文化庁は「学校部活動および新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」を公表しました。

2023年度から3年間としていた公立中学校部活動の地域移行の目標達成時期を見直し「可能な限り早期の実現を目指す」と改めました。

要は(計画が)拙速に過ぎたことを認めざるを得なくなったということであります。

この「総合的なガイドライン」は、2022年夏に取りまとめられた 部活動の地域移行に関する検討会議の提言を踏まえ、去る2018年に策定したスポーツ庁と文化庁のガイドラインを統合したうえで全面的に改定したもので、学校部活動や新たな地域クラブ活動のあり方・地域移行に向けた環境整備・大会のあり方等を示しています。

この〝実質延長〟の背景には、現場の切実な声があります。

昨年末に ガイドライン案について意見を募集した結果「3年間の移行達成は現実的に難しい」との声が各方面から挙げられたことから、当初の計画を見直し 2023年度から25年度までの3年間を「改革推進期間」と位置づけ、休日の学校部活動の段階的な地域連携・地域移行を進めるものの「地域の実情等に応じて 可能な限り早期の実現を目指す」と明記し直したのことです。

今後、部活動の地域連携や地域スポーツ・文化クラブ活動移行に向けた環境の一体的な整備のために、部活動の地域移行等に向けた実証事業・中学校における部活動指導員の配置支援・地域における新たなスポーツ環境の構築等を盛り込むとしています。

 

いずれにしても、将来有為な生徒らがスポーツに親しめる環境を整えてゆくことは 各競技団体の責任事項でもあることから、今後も国等からさまざまな方向が示される中ですが ときに競技の枠を越えて、いわば域内(市内)の競技団体相互に いわば全体論として地域移行の円滑化に取り組んでゆくことで一致したところです。