長野市議会議員会派

改革ながの市民ネット

小中学校の「廃止要望」に感じる〝デジャブ感〟

7日に「長野市鬼無里住民自治協議会」が、市教育委員会に対し「(地元の)鬼無里中学校を閉校してください」旨の〝要望書〟を提出したことが報じられています。

この報道に接した私は、何ともいえない〝デジャブ感(既視感)〟を抱いたものでした。

 

 

 

 

報道 また議会に対しても説明が行なわれてきた経過によると、これまでも鬼無里小・中学校の保護者と市教委が懇談を重ねてきたことや、来る2026年度には生徒数が10人を割り込む見通しを踏まえるなどし「閉校もやむを得ず」の判断に至ったとのことです。

この経過については (前掲のとおり)議会にも説明されてきたのですが、長野市におけるさまざまな出来事を経たうえで改めてこの報道に接したとき〝デジャブ感〟を禁じ得ないところでありました。

それは何いう「学校が、住民の要望で廃止される」との〝手続き論〟です。

 

ご案内のとおり学校という施設は 文部科学省の所管で、自治体(教育委員会)が 地域の教育拠点として整備したものです。

当然ながら それ(学校)は、教育委員会(行政)の方針の下に運営されており、校長先生が それ相当の裁量をもって 地域の教育拠点として重要な役割を果たしています。

その 行政主導で設置・運営される公共施設が、いざ廃止になるときは〝住民要望〟が根拠になることに、私はこれまでも 違和感を禁じ得ませんでした。

 

報道のとおり、人口(生徒数)減少が主な理由で廃止を余儀なくされるにしても、その「廃止の裁定」が、設置者たる行政(教育委員会)が責任(主体性)をもって表明するべきではないか。

それが「地域住民が廃止を要望したから廃止します」といいうのは、何とも他力本願…もっと言えば、他者(例えば議会)から突っ込まれたとき「イヤ、あくまで住民から閉校を要望されているので…」との〝究極の言い訳〟を用意したとも思わされるところです。

このとき、行政説明の中には「住民感情に配慮して…」との言葉が出され、行政から学校の閉校などを言い出すことは、住民感情に背(そむ)くとの〝配慮〟がにじみ出ているものですが、そのこと(住民への配慮)も「そこに市の教育行政の主体性はあるのか」との疑問符が寄せられるところでありましょう。

 

この「住民からの閉校要望」との〝手続き〟は、他の学校でも散見されています。

昨年10月には、信更小学校が 地元住自協の要望により閉校することになりました。

 

 

 

また 松代の清野小学校が、やはり住自協からの要望で閉校の方針が示されています。

 

 

 

 

 

これらの事例に触れて、私が感じた デジャブ感。

それは何いう「青木島遊園地の廃止」の〝手続き〟と似かよっているもの。

みなさん 未だにご記憶のとおり、青木島遊園地が廃止に追い込まれた際、その判断材料の一つに掲げされたのが「設置を要望した地元区長会からの廃止の要望」でありました。

 

 

 

このことについては、廃止を巡って紛糾した議会の議論の中でも 市側は「あくまで地元区長会が廃止を要望しているから(遊園地を)廃止します。」と言い切っていたものですが、そこに至った〝真実〟は (廃止は)市の都合で進められてきたものであり、いわば住民(区長会)は実質的に それ(市の廃止方針)に乗せられたのでありました。

 

 

・・・・・。

この〝あくまで住民要望です〟との手続き論を、遊園地問題と学校の閉校を直結させるつもりはありませんが、報道などで伝わる廃止の手法が あまりに似かよっていることから、市民の一人として 邪推せざるを得ないところです。

 

時代の趨勢(すうせい)により、地方自治体の運営は「住民主体」に移行する傾向にあることは歓迎すべきところですが、それと行政責任とがない交ぜになっているような状況には、違和感を禁じ得ないところです。

 

 

障がい者支援の状況を「検証」へ

市民の立場で 障がい者の支援に取り組むグループ「Gota」のメンバーと、そのこと(障がい者支援)について話す機会があり、そのうえで「今後 為(な)すべきこと」について話しが及びました。

 

この日の話しの端緒(たんちょ)は、共通の知人であるAさん(精神障がい)に関する行政対応について です。

この件の詳細については後日に譲ることとしますが、ここで大きく問題とされたのが、Aさんに関する課題(問題)に対する 行政対応について です。

Aさんが抱えることとなった課題について、本来は Aさんのことを第一に考え、挙げて対応に心を砕くべき支援施設・行政窓口・所管課職員などの(公的)関係機関が、早期対応をせずに 既に1年以上に亘って解決を先延ばし…というより〝棚ざらし〟にしている実態があります。

今回の課題(問題)について、Aさんには 何の非もありません。

にも関わらず、前掲の関係機関は Aさんが目立った抗議や問合せ等をしないことをいいことにしてか、具体的対応をしようともせず 時間ばかりを無為に過ごさせることになっているのです。

この悪しき実態は、Aさんの生活そのものを圧迫することになっていると同時に 結果的に 彼の社会参加をも阻害する要因にもなっており、本来は 障がい者さんを積極的に支援・救済すべき立場の者たちが、敢えて動かないことにより 当事者である障がい者さんの社会生活にマイナス影響を与えているものであり「Gota」とすれば、とても看過できるものではないと断罪するところであります。

 

この悪しき事例を初め、長野市の障がい者支援 もっと言えば、行政体そのものに さまざまな問題があることが再認識されました。

例えば縦割りの弊害…同じ問題に臨んでいるのに、担当部課がそれぞれ(てんでに)対応して 肝心なところで連携していない現実。

市民対応のずさんさ…エンドユーザー(納税者)である市民が問うているのに、案件を聞きっ放しで返答すらしない姿勢。

答弁のすり変え…聞いていることに答えず、詭弁を弄(きべんをろう)して問題をやり過ごそうとする姿勢。

これら「悪しき行政体質」は、これから事(こと)ある毎(ごと)に厳しく的確に指摘し 根本から直してゆかなければなりません。

 

そんな中、さきの6月市議会の「福祉環境委員会」での私の指摘に答えた、新任の保健福祉部長の答弁を契機に「Gota」として〝アクション〟を起こすこととなりました。

 

さきの6/19の福祉環境委員会で、施設に設置した高額機械・設備の扱いを巡り、それが利用者さんの工賃アップに=B型就労支援施設の目的に叶っているかを問うたところ、新任の保健福祉部長は「あながち知的障がい者支援施設は、工賃アップだけが主目的ではありません。」としたうえで「平均工賃アップは目指しているが、利用者がいきいきと施設で伸び伸び活動してもらうことも大切と考えています。」旨の 至極ごもっともな見解でを示したことから、果たして部長が 例えば市社会事業協会の各施設の(利用者さんへの対応の)実態をご存知かどうか疑問を呈することとなりました。

確かに、直ちに工賃アップにつながらなくても 利用者さんが伸び伸びと施設で時間を過ごしていれば了(りょう)としますが、実際には(各施設で)本来は主役であるハズの利用者(知的障がい者)さんが 職員によって「管理」されるままに時間を過ごさなければならないことになっており、部長の言う理想の姿とはほど遠い状況にあるのが実際のところでなのです。

 

そのうえで私は 所管課(障害福祉課)に対し「この際は、市社会事業協会の施設における 利用者さんを取り巻く環境の実態調査」を行なうよう意見しました。

どうやら 新任の部長はじめ多くの関係者は、利用者さんが各施設で〝伸び伸びと時間を過ごしている〟と思い込んでいるらしいのです。

それなら この際、各施設の利用者さんを取り巻く実態を調査してゆくべきじゃないだろうか。

各施設は、真に利用者さんが伸び伸び活動できる場を提供しているのか?障がい者支援ではなく〝管理〟に終始していないか?虐待や言葉の暴力など不適切な対応をしていないか?等々、さきに設備・機械の実態を明らかにしたように 今度は利用者さんへの対応の如何(いかん)について白日の下にさらしてゆこうじゃないか。

その実態調査を通じて、関係者は認識を新たにすべきであると考え、その意見に「Gota」としても同調してくれたのでした。

 

 

2023年6月20日のブログ記事一覧-倉野立人のブログです。

2023年6月20日のブログ記事一覧です。日々の思いを、訥々と。【倉野立人のブログです。】

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そのうえで「Gota」のMキャプテンは「この際、文書によるアンケートじゃなく、障がい者さんたちと市職員・団体関係者が一堂に会し (当事者さんから)直接(現状を)訴えてもらい、それに対して見解を述べてもらう〝対話型〟にしたらどう?」との提案をいただいたところです。

 

確かに これまでは、組織や施設の〝閉ざされた空間〟の中で、言いたいことも言えず、また 伝わるべき「真実」が歪曲されてきた面がありました。

そのこと自体が、問題を闇に葬(ほうむ)り 肝心な部分を先送りにしてきた実態があります。

であるなら この際は、関係者がカオを合わせたうえで 言いたいこと(言うべきこと)を言い、それに対して 相手の目を見ながら答えてもらう機会を設けるべきである。

 

それらの大義をもって「対話集会」を設営することとします。

当事者(障がい者)さんたちの抱える課題・置かれている状況を「生(なま)の声」として発信してもらい、その声のボールを直接キャッチした関係者が どんな返球をするのかを見定めてゆく。

これは 大事な、そしてインパクトのある展開になることと存じます。

今後 関係者と調整を進め、実現に向けギアを上げることといたします。

 

青木島児童センター「園庭」を みんなでキレイに =自分たちの居場所を自分たちで守る気持ち=

この日(5日)、懸案となっている「青木島児童センター」における子どもたちの居場所について「だったら 今ある「園庭」をみんなで美化し、自分たちの手で居場所を維持管理してゆこうじゃないか。」との機運が醸成され、実行に移されることとなりました。

 

 

 

ことの発端は、(ご案内のとおり)この青木島児童センターに隣接する「青木島遊園地」の廃止です。

それまで 子どもたちの最適な遊び場(居場所)であった遊園地が、大人の一方的な都合によって廃止に追い込まれ、それ(子どもたちの居場所)は無碍(むげ)のうちに奪われることとなってしまいました。

その後 長野市は、その愚行の名誉挽回として「青木島こども未来プラン(案)」をブチ上げ 大風呂敷を広げて「子どもたちの居場所を確保します」と言ったものの、そのプランなるものは 今の学校・放課後こども事業の現状を度外視したものであり、いわば〝絵に描いた餅〟の典型となっています。

 

 

 

で、その〝大風呂敷〟の中には「子どもたちの新たな遊び場(居場所)」も含まれています。

最適な居場所であった遊園地を廃止したバーター(代替え)として、小学校の校庭に新たな遊園地を造る(但し これは未就学児対象?)とか 既存の「中庭」を使わせるとか、あの手この手で名誉挽回を画策しているのですが、そのいずれにも〝無理〟があり 今の児童数や多様な子どもの見守りの難しさを勘案すれば、長野市の(無理な)計画は なお一層子どもたちにさまざまなリスクを与えるものになってしまうのが自明です。

 

これ(無理な計画)に対する、現場(支援員さんら関係者&子どもたち自身)の考えは 非常にシンプルで至極まともなものであります。

「無理矢理に新たな計画を拙速に進めるより、新たな環境がキチンと整うまでは 今のままでいいんじゃないか。」

長野市は、今の青木島児童センターが良好な環境であるというのに 無理矢理に小学校内への(センター移転/プラザへの統合)を進めようとしている。

遊園地を潰して、無理矢理に子どもたちを校内の施設に連れてゆこうとしている。

そんなことしなくても、子どもたちの最適な環境は 現状が一番なんだ。

 

そんな「思い」を共有しているのが、児童センターの隣りに住むYさんです。

Yさんは かつて青木島遊園地の設置に深く関わり、その後は遊園地の愛護会の一員として(遊園地の)維持管理に協力を惜しまず活動してこられました。その(愛護会活動の)一環として、児童センターの植栽の管理や除草なども行なってくださっています。

その後 残念ながら遊園地は廃止に追い込まれたところですが、Yさんは 相変わらず放課後児童の見守り事業に心を砕いておられます。

そんなYさん「遊園地は廃止されたけれど、子どもたちのための放課後児童の見守り事業は継続されている。で あるならば、せめて児童センターの周辺整備は変わらず行なってあげたい。」と 慈愛に満ちた発言を重ねておられるのです。

そんなYさんの「思い(慈愛)」に、地元のライオンズクラブ(長野千曲ライオンズクラブ)が「共感」の手を挙げたのでした。

たった独りで児童センターを愛護しようというYさんとコラボ(協力)し、ボランティアスピリッツをもって(センターの)周辺環境を整え もって(今までどおり)子どもたちの適切な居場所を維持してあげよう!ということで一致し、この日 共同(協働)作業を行なう運びとなったところです。

Yさんも稼業が忙しく やり繰りに窮(きゅう)しておられましたが、そこは子どもたちのため「エイヤッ」と日程を定めての作業です。

 

この日は、私とO会長 2名のライオンズクラブメンバーが作業に参加し、Yさんのご指導の下(もと)作業に臨みました。

 

 

 

自称〝何でも屋〟のYさんは いろんな道具をお持ちのうえに器用でおられ、手際よく植栽を刈り込んでゆかれます。

 

 

 

ボランティアスピリッツに燃えるO会長も、Yさんの背中を追いつつ 一心に枝片づけを行なっておられました。

 

 

 

やがて作業は二手に分かれ、私は「園庭」の草刈りを担うことに。

 

 

 

なにいう この園庭、当地の放課後事業で 非常に大切な役割を担っているのです。

児童の多様化に伴い、放課後児童を 如何(いか)に伸び伸び遊ばせ、そのうえで 目を行き届かせたうえで「もれなく見守ること」は、不可欠かつ重要かつ 非常に難しい作業(事業)となっています。

これが学校であれば、学年やクラスに分かれたうえで十分な人員配置の中で(見守りが)行なわれているところですが、それが一度(ひとたび)放課後事業に移行した途端に 多様で異年齢の児童たちが〝ない交ぜ状態〟となってセンターに来ることから、支援員さんはじめ関係者は 日々たいへんな責任を背負って業務に当たっておられるのです。

そのためには「園庭」が非常に適切な存在となっているそうです。

この園庭、遊園地が無き今 屋外で子どもを遊ばせる貴重な場所であると同時に、確実に児童一人ひとりに目を行き届かせることができます。

そのうえに立って、今ある園庭を美化し 子どもたちの良好な環境を現状のままに守る(維持する)。これは喫緊かつ重要な取り組みなのです。

 

で…私が園庭で作業を始めてほどなく、うれしい〝助っ人〟が数多(あまた)登場してくれたのでした。

児童センターで時間を過ごす子どもたちが「ボクたち・私たちも草取りをします!」と言って 作業に加わってくれたのです。

 

 

 

子どもたちは、紅葉(もみじ)のような小さな手を一生懸命に動かし 一心に草を取ってくれます。

 

 

 

〝人海戦術〟とはヨク言ったもの。小さな手作業なれど 多人数が加わって、用意した大きなビニール袋に みるみる雑草がたまってゆきます。

 

 

 

 

いつしか作業は 大人と子どもの共同(協働)作業に。

お互いに声をかけ合いながら、何というか 作業を楽しむ感にも至ったものでした。

 

 

 

時間経過と共に作業は進み、みんなで作業に臨んだ結果、みんなの園庭は それはキレイに美化されたのでした。

 

 

 

 

作業終了後、Y支援員さんの計らいで 子どもたちから「ありがとうございました!」の御礼の言葉をかけていただきました。

 

 

 

私たちにとって この一言がとってもうれしく、冥利(みょうり)に尽きた瞬間でありました。

その後、自分たちの手で美化した園庭で 子どもたちは雲梯(うんてい)に興じ「楽しい!」を連発していましたヨ。

 

 

 

 

「狭いながらも楽しい我が家♪」と歌の台詞もありますが、この園庭は まさにそれ。

青木島遊園地のように最適な環境が奪われた今、児童センターに通う子どもたちが安全のうちに楽しい時間を過ごせる 欠かせぬ場所となっています。

 

作業後にYさんと ライオンズクラブO会長は、今日の美化活動を契機に これからもボランティアスピリッツをもって この児童センターの環境整備(維持)を継続的に行なってゆくことで一致しておられました。

前掲のとおり、いま長野市が 半ば強引(拙速)に進めようとする「青木島こども未来プラン」には、明らかに無理がある。

だから私たちは、新たな環境が整うまでは 今の児童センター体制を維持すべきと強く思うところですが、ただ それを主張するだけではアピール不足の感がある。

だったら、心ある者たちが力と心を合わせて 身をもって児童センターを守る姿勢を示してゆこうじゃないか。

そうすれば、きっとそれ(思い)は周囲に伝播し「共感」を得ることができるだろう。

 

私たちの取り組みは 非常に些細(ささい)なものであると思います。

でも、この積み重ねを大事に継続的に育ててゆきたい。

そのことこそが、放課後児童の適切な環境整備につながることを信じて。

 

さて 次は、お化け屋敷もビックリの オンボロ葦簀(よしず)。ライオンズクラブ会長と相談のうえ、何とかしたいと思うところです。

 

長野県小川村「土尻川」氾濫の被害 =公共工事(災害復旧工事)が〝災害誘発工事〟になってしまった=

さきの大雨の影響で 北信地域の中山間地域を流れる河川が氾濫し、複数の家屋に浸水被害が及ぼされた件で、どうやら それが〝人災〟である可能性が高くなっていることが報じられ、公共工事・とりわけ災害復旧工事について考えさせられたところです。

 

 

 

先週末から今週初めにかけ、列島は活発な前線の影響を受け、九州(熊本)エリアをはじめ広範囲に「線状降水帯」が発生するなどして、同じ場所で非常に激しい雨が降り続くことによる水害が発生しました。

九州では未明から雨が激しく降り、熊本では午前6時半ごろに線状降水帯が確認され 各地でこの時期としては過去最大となる雨が降りました。

この異常ともいえる降雨量の影響で、域内の河川が警戒水位を越えて氾濫し 建屋や農地に大きな被害が出たことが報じられています。

 

そんな中 長野県内においては、長野市にも近接する小川村の域内を流れる「土尻川(どじりがわ)」が氾濫し 複数の家屋に浸水被害が及ぼされたことが報じられ、それを聞いた私は「小川村エリア(土尻川上流域)にも線状降水帯が発生したのか?」などと思ったもですが、当時 その手の報道が無かったことから、やや訝(いぶか)しく感じていたものでした。

 

 

 

ところが後日になって、この水害について 長野県長野建設事務所が「今回の水害は、長野県が発注した災害復旧工事が原因と考えられる」と発表したことを知り、驚きを禁じ得ないと同時に その経過を知る中で〝現場対応の甘さ〟を指摘せざるを得ませんでした。

現場は、上水内郡小川村鴨之尾(かものお)地区を流れる土尻川流域です。山部を蛇行しながら流れる土尻川のカーブ内側で河川が氾濫しました。その左岸にある住宅6軒が浸水被害を受けたものです。

で、その被災地の直下で「公共工事(災害復旧工事)」が行なわれていたというのです。

 

 

 

県は 今年1月から10月までの予定で、昨年に発生した水害(災害)の復旧工事に取り組んでいました。

今回は、対岸(右岸)に重機を渡すため 河床に川の水を通すためのパイプを11本設置し、その上に盛り土をしていました。そこに(1日になって)パイプの処理能力を超える流水が押し寄せたため (盛り土の)上流側で河川水がせき止められ、カーブの内側にあたる左岸付近に(河川水が)溢(あふ)れた可能性があるとのことです。そこ(盛り土)には流木も堆積し それも河川水を溢れさせる要因の一つにもなったようです。

なお、この盛り土やパイプは 氾濫で押し流されたとのことです。

今回の不測の氾濫で自宅が浸水被害を受けた男性は「なぜ梅雨の時季に川をせき止めるような工事をしたのか。県もなぜこの時季に発注したのか。川の水量や雨量をどの程度想定していたのか」と憤りを隠せないでいる様子が伝えられていました。

 

(盛り土工事の模様)

 

 

長野建設事務所は「河川工事は、原則 冬季の渇水期に行なうべきだということは重々承知しています。が、できれば梅雨の時期までに終わらせたいと考え 工事を継続していました。」とのこと。

また 河川内の盛り土については、県と施行業者の間で、河川が増水した場合は(盛り土を)撤去する必要があることについては認識が一致していたとする一方で、実際に撤去に取りかかる水量などに関する取り決め等がどうなっていたかは「調査中」とのことでありました。

さらに、現場にいた施行業者は「このような急激な増水は想定していませんでした。当日は1人で 排水パイプに詰まった枝や草を取り除こうとしましたが、増水の勢いが強まり 危険を感じて退避を余儀なくされました。」とのことでした。

そのうえで県建設事務所は、浸水被害を受けた6軒を戸別訪問し「今後の原因究明などの結果を踏まえ、再発防止策を策定し安全管理を徹底していきます。」と説明した としのことです。

 

前掲のとおり、今回は大雨ではあったものの 土尻川の流域内に何もなければ、流量は多くとも 氾濫などすることなく(河川水は)流下していったところでありましょう。

ところが実際には (上の写真のとおり)河川を ほぼ塞(ふさ)ぐ恰好で盛り土がされていました。

こんな「ダム」があれば、河川水はそこに溜(た)まり 限界を超えた時点で氾濫することは必定でありましょう。

今回の氾濫被害は、復旧工事を梅雨までに終わらせたかった(でも既に梅雨に入ってはいるが)県の思惑と、予想を超えた大雨(による河川増水) さらに盛り土の撤去が間に合わなかった(撤去作業の)ちぐはくさなど、さまざまなマイナス要因が重なりあって起きてしまったものと思われます。

非常にレアなケースではありますが、いわば何でもアリの現下の天候に基づけば 最悪の事態を想定して早めに動かなかった行政責任は問われても仕方の無いところでありましょう。

 

そのような中で 県は、自ら「工事が氾濫の原因」と認めたうえで 被災世帯に対してどのような補償をしてゆくつもりでしょうか。

他県の事例でいえば、例えば 2021年7土石流災害が起きた静岡県(熱海市伊豆山地区)においては、上限1,000万円(被災者1割負担)の補償を示るなどの事例(これもモメているようですが)もありますが、今回は どのような成り行きとなるのでしょうか(なお小川村は、1世帯に5万円~2万円を支給とのこと)

 

今回の水害は、ほぼ〝人災〟の様相となっています。

地域住民のために 良かれと思って行なった(行なっている)公共工事が、逆に住民生活に大きな被害を及ぼすことになったことは大きな皮肉と言わざるを得ないところではありますが、いずれにしても 行政サイド(関係者)が常套(じょうとう)に使う「想定外」が もはや通じなくなっていることを改めて思わされると同時に、長野市としても〝他山の石〟とすべきことを再認識したところです。

 

深刻かもしれない…市有グランドの〝トイレ状況〟

※食事中の方には失礼いたします。今回の主なネタは「トイレ」です(画像もアリ)

 

この日(2日/日曜日)の午前中、私のスマホに 地域の少女(小学生)ソフトボールチームのコーチを務めるTさんからLINEが入りました。

見てみると、犀川河川敷グランドのトイレの不具合等を訴える「お叱りLINE」でした。

実は この情報(お叱り)は、今回が初めてじゃなく 2度目…イヤ3・4回目のことなのです。 

 

 

 

LINEに気づくのが遅れたため とり急ぎ電話を入れると、電話に出たTさんは「おいクラちゃん、まただよ また💢」との声。

当座の用事を済ませて現場(犀川第2グランド)に急行しました。

 

この日は「長野市民ソフトボール大会」とのこと。Tさんがコーチを務める少女ソフトボールチームは、優勝候補の一角として出場しています。

 

 

 

グランドの傍(かたわ)らには 数基の仮設トイレが設置され、利用に供しています。

 

 

 

Tさんは そのうちのいくつかを案内してくれ、現場のトイレの劣悪ぶりを伝えてくれました。

 

 

 

例えばこの一基。ドアの内側から(ドアを)開閉する部品が欠落しており、一旦トイレに入ると 中からドアが開けにくくなっているのです。

 

 

 

見て判るように、トイレドア内側の開閉ストッパーが そっくり欠落しているのです。これ(開閉ストッパー)が無いと 内側からトイレドアを開けることができにくくなり、状況によっては庫内に閉じ込められてしまうことにもなってしまうそうです。

(現に、一人でトイレに行って閉じ込められてしまった人(小学生女児)もおり「誰か 出して~!」の騒ぎになったこともあったとか。したがってTさんのチームでは「トイレは一人で行くな」を徹底しているそうです)

 

 

 

んで…ここで Tさんと悪しけく現認されたのが〝その後の対応〟と思われる「措置」です。

トイレドア内側の欠落した開閉ストッパーの上には「ココをおす(押す)」の表示?があり、それも経日に伴い掠(かす)れている状態です。

と いうことは…。

 

 

 

どうやら、現状(開閉ストッパーが欠落した状態)では、ドアを開閉ロックしているポッチ(爪)を直接指で押し込むと庫外に出られるようなのですが、これはあくまで緊急避難的な措置です。

ところが この仮設トイレを保守点検する(した)者は、この開閉ドアストッパーが欠落していることを現認して(緊急の)表示をしたものの、その後 本格的な修理をせずに〝放置〟しているのです。

「故障を知りながら直していない」これは〝最悪のメンテナンス〟と言わざるを得ません。

 

さらに 別の仮設トイレは、構造が違うものの 似たような〝故障状態〟になっていました。

 

 

 

この仮設トイレは、レバーを回して開閉ロックするタイプのものですが、そのレバーが経年劣化で〝空転〟するようになってしまっており、ややもするとロックできにくいことになっているのです。

私も実際に中に入って操作してみましたが、確かにレバーがクルクル回り ロックしにくい状態になっていました。

 

 

 

Tさんは、これらの劣悪な状況を教えてくれたうえで 一言。

「なぁクラちゃん、この大会 知ってる?「長野市民ソフトボール大会」だぜ。で、大会の名誉会長は 誰いう荻原市長さま。」

 

 

 

「その市長さまが名誉会長を務める大会の会場トイレが この態(ざま)。これって どういうこと?」

「市長はレジュメで素晴らしい挨拶文を寄せているけど、オレらに言わせれば、仮設トイレの故障ひとつ直していないモン(者/市長(市職員))が、どの口で祝辞を話すんだと言いいたいよ。」と、怒りというか 半ば呆れておっしゃっていました。

 

 

 

で…Tさんと共通認識としたのが、これら仮設トイレを 幼気(いたいけ)な小学生、それも女児が使用する(せざるを得ない)ことの深刻さです。

(前掲のとおり)開閉ストッパーが壊れた状態で 閉じ込めに遭ったり、万々が一 ロックしたつもりがロックしてない状態で(使用中に)他者にドアを開けられでもしたら、これはPTSD(心的外傷後ストレス障害)になりかねない危うさを有していると言っても過言ではないと思います。

 

私は、トイレは〝人権問題〟でもあると考えています。

文明社会における「トイレ」は、あって当たり前の社会衛生インフラですが、それが果たして 全ての市民のニーズ(状況)に即しているかといえば 残念ながら 否(いな)であります。

そのうえで申せば、今回の 市有グランドにおける〝トイレ状況〟は、利用する人(とりわけ未成年女児)の人権をも軽視したものであり、こんなことを許している市の管理体制自体に疑問を呈するところです。

 

この件について 週明けに所管課(スポーツ課)に問えば「市有の体育施設については、巡視員が順番に巡回している」とのことでした。

で その巡回の内容をさらに問えば「主に清掃と洗浄水の補給」とのこと。

そこで、巡回の必須項目に「トイレドア(ロック)の動作確認」を加えることを強く申し渡すと同時に、件(くだん)の「ココをおす」の〝経日放置〟を厳しく指摘し、巡視員が故障を発見したら 直ちに本課(スポーツ課)に連絡し、その後は本課職員が速やかに対応するよう重ねて申し渡したところです。

そのうえで私は「今回の故障→不十分なメンテは〝氷山の一角〟じゃないの?」と問うたところです。

ここだけじゃなく、他にも数多(あまた)ある市有施設のトイレの管理(メンテ)状況はどうなっているのか…今回だけで複数箇所の不備が指摘されただけに、他も同様じゃないかと イヤでも杞憂(きゆう)されるところです。

 

このグランドについては、かかる〝トイレ問題〟に止(とど)まらず 水道の蛇口が壊れていたり、

 

 

 

ピッチに「イシクラゲ」が繁茂していたりと、まだシーズン半ばにも関わらず問題に枚挙の暇がありません。

 

 

 

 

長野市は「スポーツ宣言都市」を掲げ「第三次長野市スポーツ推進計画」を策定しています。

 

 

「第三次長野市スポーツ推進計画」長野市HP

       ↓

https://www.city.nagano.nagano.jp/documents/3340/751729.pdf

 

 

 

せめて それに見合った〝最低限のインフラ〟は整えよ、と 改めてモノ申すところです。 

「水族館」で屋外展示の魚が大量死…水槽の中にたばこの吸い殻1本/害毒の大きさ(強さ)に驚き

ネットのニュースで、歩行者が無造作に捨てたタバコの吸い殻が「生命(いのち)あるもの」の その生命を奪う事態になったことが報じられました。

これを見て、非常に心を痛めると同時に「社会モラル」の大切さと それが意外に守られていない実態、さらに別の視点での〝怖さ〟を実感させられました。

 

京都市にある(入館)無料の水族館の屋外展示の魚たちが たった1本のタバコの吸い殻の影響で大量死してしまったとのことなのです。

 

 

 

事件の現場は、京都市にある〝無料の水族館〟だったそうです。

この水族館は「花園教会」という教会にあり、ここで牧師を勤めるSさんが 主に子供たちに対し自然の営みと生命の大切さを知ってもらおうと「水族館」を開館・運営し、約200種・1000匹の 魚などの水生動物を展示しているそうです。

それが、2週間ほど前から 道路に面した屋外の水槽で展示していたコイやフナや金魚 約60匹が相次いで死ぬようになったとのこと。

最初は感染性の病気かと思い 機械で水の濾過(ろか)を行ないましたが状況は変わらないことから、その後 水槽の水を入れ替える作業を進めていたところ、水槽の中に タバコの吸い殻が1本あることに気づいたそうなのです。

このことから 魚たちは、水槽にポイ捨てされた1本のタバコの吸い殻から染み出た「ニコチン」が原因で死亡した可能性があるとみられているとのことです。

水槽を置いていた場所は道路に面しており、普段から近所の子どもたちが魚を観察して楽しんでいたそうで、S牧師は「軽い気持ちでしたことが重大な結果につながることもある。どんな場所でもタバコのポイ捨てはやめてほしい」と、憤(いきどお)りというより 悲しみを湛(たた)えた表情で話しておられたそうです。

このことについて、生態毒性学の専門家は「ニコチンは水溶性で 急性の毒性を有しています。今回のケースも、タバコ(=ニコチン)が影響して魚が死んだ可能性は十分にあります。」と話していることが 併せ報じられていました。

 

この報道に接し、残念な思いが重なり合って湧くと同時に、タバコ(=ニコチン)の怖さを思い知らされました。

残念なのは、未だにタバコのポイ捨てが横行している実態です。

HPによると、京都市でも「京都市路上喫煙の禁止等に関する条例」が定められており、過料も課してポイ捨てを禁止する体制が整えられています。

 

 

参考/「京都市路上喫煙の禁止等に関する条例」

       ↓

https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000291969.html

 

 

にも関わらず、今回「ポイ捨て」が為(な)されてしまった。

もしかしたら この喫煙者は、ポイ捨て禁止条例のことを知っていたのかもしれません。

で、吸い終わったタバコの捨て場所に困り、目についた水(水槽)の中で処分する愚行を選んだのかもしれません。

いずれにしても「携帯灰皿」などの持ち歩き容器が必須の昨今、それも無しに喫煙することは言語道断・もっと言えば 路上喫煙そのものが許されない行為とされるところです。

 

さらに残念なのが、たった1本のタバコの吸い殻によって 罪も無き生物の命が奪われることになったことです。

果たして この喫煙者は、水の中に魚たちが居ることを知ったうえでタバコを投げ入れたのでしょうか。

その場しのぎの心ない行為が 多くの生命体の命を奪うことになったことと同時に、そこに通う子供たちの愛玩心(あいがんしん)まで奪うことになったことをどう思うか…その者は、今もどこかでタバコを燻(くゆ)らせ 目についた場所にポイ捨てしているのでしょうか。

「大人のモラル」の低さ・それに対する意識(反省)の薄さを禁じえないところです。

 

また一方、全く別の視点で〝タバコ(=ニコチン)の怖さ〟を思い知らされます。

たった1本のタバコが、たとえ水生動物(魚)とはいえ、生物の命を脅かすことになるのです。

ご案内のとおり、タバコには多岐に亘る有害影響があり、さまざまな場面で警鐘が鳴らされています。

 

 

 

このことについて今さら申すまでもありませんが、今回の事件を通じ 改めて「タバコって 人を含む生物(せいぶつ)にとって良くないものなんだ。」を再認識させられました。

かくいう私は、亡父が物凄いヘビースモーカーだった故に、その影響(反面教師)で タバコを吸うことなく現在に至っていますが、私の周辺にも愛煙家が多くおられることから 健康面への影響が心配されるところです。

 

今回の事件は、まちかどの小さな「水族館」でのことではありましたが、社会全体に「喫煙モラルの遵守」を改めて求め、さらに「タバコの有害性」を改めて知らしめるものでありました。

たった1本(1人)の気まぐれが 社会に少なからず影響を与えること・たった1本のタバコが いかに有害であるかを知らされた〝小さくて大きい出来事〟でありました。

 

ちなみに、長野市では 平成30年に「長野市ポイ捨て、道路等における喫煙等を防止し、きれいなまちをつくる条例」を制定しています。

        ↓

 

ごみのポイ捨て・歩行喫煙の防止

ごみのポイ捨て・歩行喫煙の防止

長野市

 

 

互いに気持ちよく「まちあるき」ができる社会環境を維持してゆきたいものですね。

 

 

 

 

※「長野エリアの高速道路での逆走事故」の その後

さきに報じられた「長野エリアの高速道路での逆走事故」について〝驚きの真相〟が報じられています。

どうやら、逆走事故を起こした高齢男性(Aさん)は インターチェンジから通常方向に進入し(但し ゲートは実質突破)高速の路上でUターンして戻ろうとし、それが〝逆走〟となったようなのです。

 

 

 

その後の報道によると、Aさんは そこが高速道路か知ってかしらずか、更埴ICの進入口から(カードを取ったりETCを使わずに)高速道路に入り 一旦は松本方面に向けて走行、その後 間違いに気づいて、あろうことか 高速道路上でUターンして(下り追い越し車線を走って)戻ろうとし、それが逆走となり 対向車とぶつかることになったようなのです。

 

 

 

これは非常に珍しいケースであると申せます。

しかし、(事故の)可能性としては無いとは言えないケース(実際にあったのですから)でもあり、今後 ドライバーの高齢化や、もしかしたら認知症を起こしながらもハンドルを握り続ける人もいるかもしれない中で 想定の範疇(はんちゅう)に入れなければならないところでありましょう。

いずれにしても、事故(の被害・損害)は自分持ち・ましてや他車(他者)に被害を与えるようなことにでもなれば、互いのマイナス結果は図り知れないところがあります。

これらの事案に触れ、私自身 過去に重大な交通違反を起こした者として、クルマの運転の際の(何かあったときの)影響の大きさを再認識し、これをも他山の石とせねば…と自戒するところであります。

長野エリアの高速道路で「逆走車」 =にわかに信じ難い状況=

長野エリアを縦貫する高速道の 更埴JC(ジャンクション)から松本方面に約2km(戻った)地縁で、80才台男性が運転する逆走車(軽トラック)と 通常に松本方面に向かっていた車両が接触事故を起こし、逆走車の1人を含む2人が軽いケガをしたことが報じられました。

 

 

 

道路の逆走事故といえば、昨今の高齢ドライバーの遍在化に伴う多発傾向・また若年ドライバーにおいても その行動要因がヨク分からないままに発生が散見されているのはご案内のとおりです。

それ(逆走事故)が、私たちの生活圏の中で発生したことは驚きでもあり 一方で「ついに…」の思いを新たにしたものでした。

 

今回の事故については、先ずは死亡事故に至らなかったのは不幸中の幸いと言えるでしょう。

逆走事故では、逆走車は そのほとんどが通常レーンの追い越し車線を(逆に)走ってきます。この場合の(逆走車の)対向車となる通常走行車は、(追い越し車線を走行していることで)スピードが上がっていることから、双方がまともにぶつかれば 重大事故になることは必至ですが、今回のケースは それに至らず、車両の破損とケガ程度で済んだとのことでした。

これは〝ツイていた〟としか言いようがありません。

逆走という大間違いをしながら この程度で済んだことは、まさに「命を拾った」というところでしょう。

 

(逆走した軽トラック)

 

 

で、もう一つ不可解なのが〝事故現場〟です。

報道によると 車両が保護(確保)されたのは、更埴JC(ジャンクション)付近(手前2km)とのことです。

と いうことは、この車両は それ(更埴IC)より前(南方面)のインターチェンジから進入(侵入)したことになり、と いうことは、近くても麻績ICから(または それより南)から乗線したことになりますが…。

 

 

 

ご案内のとおり、例えば麻績ICから更埴JC(IC)までは それなりの距離と時間が要されます。

高速道路のNAVITIMEによると、麻績ICから更埴ICまでは 距離にして18,7km・時間にして12分間を要する となっています。

 

 

 

で、この区間を走ったことのある人は イメージできると思いますが、区間の途中には姨捨のトンネルを初めいくつものトンネルがあり、また 篠ノ井を眼下に葛折(つづらお)りのカーブも存在します。

この いわば難所のルートを、逆走のまま事故も起こさずに更埴JCのスグ近くまで無事?に走行してきたことは 不思議ともいえるほどの偶然の確率でありましょう。

よくぞまあ、対向車(追い越し車線を走行する車両)に行き会わなかったものです(または未然に回避し 通報しなかった(できなかった)車両もいたのかもしれませんが)。

 

おそらくは、当の(逆走した)本人がイチバン肝を冷やし 大いに反省していることと思いますが、いずれにしても 道路の逆走は誰にも予想できず、また私たちは そんな想定ナシに高速道路を利用しているので、ホント勘弁してくれというのが正直なところですよね。

 

高速道路で頻発する「逆走」については、例えば 警察のNシステム(追尾システム)を利用するなどして 早いタイミングでの捕捉とか、災害情報ダイヤルのような仕組みで走行中の車両にアラーム通知するなどできないかな…などと 素人考えで思いを及ばすところですが、いずれにしても (逆走は)一瞬で大事故につながることから、人智を尽くして発生ゼロにつなげてほしいと願う者の一人です。

「川中島のイノシシ騒動」 ~その後 ちょっと気になったこと~

26日に長野市内の川中島町に出没した「猪(イノシシ)」は、町内のお寺さんの境内で近隣住民にケガを負わせるなど大暴れをした後に 域内を流れる堰(せき/農業用水路)に逃げ込みました。

その後は 近所の藪(やぶ)の中で目撃されるなどしましたが、現在のところ 足取りはプッツリと途絶えたままとなっています。

そんな突発事案の「対応」を巡り〝ちょっと気になること〟を思わされたところでした。

 

そんなこんなの〝イノシシ騒動〟ですが、(イノシシが)出没した川中島エリアは 田舎とはいえ約2,7000人の人口を抱える市南部のベッドタウンでもあり、多くの住民 その中には当然のことながら、学校に通う児童生徒もいることから、ときならぬ野生獣の出現には 大人もさることながら、身体の小さな児童生徒へ被害が及ばないかが心配されたところでした。

さきに被害に遭ったKさんを看た医師は「野生獣の被害に遭った場合、噛まれ傷などの受傷被害もそうだが それ以上に「感染症」が怖い」と話しておられたそうです。

家で飼われるペットや家畜と違い、山野を駆ける野生獣は 思わぬ感染症を有していることがあり、万一噛まれるなどすると 口径(唾液)等を介してバイ菌が被害者の体内に入り、発熱などの体調不全の原因となるそうです。

したがって イノシシに襲われ受傷したKさんも、噛まれ傷の手当てと同時に 感染症を防ぐ点滴を受けたそうです。

 

そんな 悪しき副産物を有した野生獣に、万一 抵抗力の低い児童が被害に遭えば、ガタイのでかい野生獣の突進を食らったダメージに併せ そこ(受傷箇所)から感染症にでも罹(かか)れば、まさに踏んだり蹴ったりの厄難を負うことになりかねません。

したがって、イノシシが出没した域内の小中学校においても それぞれに警戒を促す連絡などが為(な)されたことを聞き及んでいます。

 

そんな中、JR川中島駅の近在に住む 小学生の子供を持つ親御さん(Nさん)から、やや気になるお話がありました。

「イノシシが出てから、ウチの子が通う小学校からは (イノシシ関連の)情報メールが届いたんだけど、JR今井駅のそばに住んでて 中尾山の麓(ふもと)にある小学校に(子供が)通う親御さんには「そんなメールは来てない」っていうんだよね。」とのことでした。

 

 

 

今回〝イノシシ騒動〟が起きたエリアには、4つの小学校と2つの中学校があります。

 

 

 

そこに、今回のイノシシの出没歴を重ねると、ほぼ満遍なく それぞれの学区内に(イノシシが)出没しているのが分かります。

 

 

 

そのうえで言える(推測)されるのは、おそらく このイノシシは、域内の西部にある山部(中尾山方面)から下ってきたんじゃないか ということです。

と いうことは、逃走に疲れたイノシシは その帰巣本能に基づき、向かうとすれば 西の方角ではないか、と。

 

ところが今回、域内の南部・北東部の学校ではメール(LINE)配信がありましたが、最も注意を要するハズの西部の学校では それ(メール(LINE)配信)が行なわれなかったようなのです。

ましてや 件(くだん)のイノシシは JR今井駅周辺で目撃(それも児童に)されており、その子らは 西部にある小学校に通学しており、もしかしたら野生獣に遭遇するリスクが最も高い環境にあるのです。

 

で、そのことを市教育委員会に訊(き)くと「市教委からは情報発信は行なうけれど、その先 保護者にまで配信するかどうかは学校裁量に任されています」とのことでした。

そのうえで市教委は「当該の小学校(長)に訊いたところ「情報発信によって児童や保護者が動転(パニック)することを憂慮し、敢えて その時点での情報発信を行なわなかった。騒動が落ち着いたところで、一連の経過についてお知らせする予定でいる」とのことです」と報告してくれました。

 

一連の対応を訊いて、私は やや複雑な心地になりました。

野生獣の出現は、地震や河川水害などと異なり それ(被害)自体が未詳の面が多く、どこでどう被害が及ぼされるかを判断するのは非常に難しい面があります。

一方で 今回の場合、域内の地勢を考えれば 当該の野生獣は「西」に向かう(戻る)可能性が高いことから、とりわけ西部の関係者においては警戒を強めるべきではなかったか。

そのうえで 情報発信により 児童や保護者に混乱をもたらすと(現場が)判断すれば、それ(情報)を出さないことが了(りょう)とされることがあるし、また逆に 万が一のことがあれば、その時に情報を出さなかったことが大いに責められることになるでしょう。

 

ジャンルは やや異なりますが、消防団(員)に向けた「火災発生メール」について、今までは 長野市域のどこで(火災が)発生しても、全ての団員にメール配信されていましたが、例えば豊野エリアの火災情報が篠ノ井の団員に届けられても対応できず 意味があるのかとの声によって ある程度(発生⇔対応)エリアを限定した情報発信に改められたとの事例もあり、そこに情報発信の難しさが感じ取られたところでありました。

 

今回の〝イノシシ騒動〟における情報発信においては、本人?が神出鬼没であるが故(ゆえ)に その対応も硬軟分かれ、非常に難しい面があることを感じさせられました。

今後は 事案の特殊性にも鑑(かんが)み、例えば庁内でも 所管の「森林いのしか対策課」と情報交換し、域内の地勢や 当該野生獣の生態などを勘案して情報発信を臨機応変に行なうなどの〝柔軟性〟が求められるのかもしれません。

 

いずれにしても、いろんな面でお騒がせしたイノシシ。

あれから 一体どこへ行ったのでしょう。

 

長野市消防団ポンプ操法大会=結果より「成果」= / NPO法人「自遊学舎」総会

◆長野市消防団ポンプ操法大会

25日(日)、市内の消防学校で「長野市消防ポンプ操法大会」ならびに「ラッパ奏法大会」が開催され、今年 出場することとなっている市内の消防団(選手)が出場しました。

で…この日の出走(応援)を通じて、私たちは 改めてポンプ操法大会の意義を実感することになったのでした。

 

 

 

これまでも触れていますが、ポンプ操法大会(ポン操大会)は「消防団員が 迅速・確実かつ安全に行動するために、定められた消防用機械器具の取扱い及び操作の基本について その技術を競う大会」と意義づけられ、全国の自治体において(大会が)開催されているものです。

今年、私の住む川中島町からは「消防川中島第2分団」が出場することになっており、分団を挙げて訓練に取り組んできました。

 

[参考]6/7付の倉野立人ブログ

      ↓

https://blog.goo.ne.jp/kz2df777/d/20230607

 

 

 

私も ほぼ毎回に亘り練習(訓練)を見させていただいたきましたが、最初はおぼつかなかった選手の動作も、回を重ねる毎(ごと)に 機敏で正確さを増すようになっており、それは選手の表情にも表(あらわ)れていました。

最初の頃は 俯(うつむ)きがちだった視線も、やがて真っ直ぐ前を見据えるようになり、同時に号令の声の張りや 指の先にまで集中力が行き渡っている様子が伝わってきて、見ているこちらにまで その手応えのようなものが伝わってきていたのでした。

それら 十分に研鑽を積んだうえでの本大会。その実力を如何なく発揮されることが期待されました。

 

当分団は 全体の1番走を引き当てています。

開会式直後の厳粛さを余韻としたの中で出走となりました。

スタートまで約20分。サポートする団員が きびきびとポンプやホースなどのセッテイングを行ないます。

 

 

 

メジャーを用いて、それぞれの器具を定められた位置に 正確無比にセットします。

この作業自体が、選手に100%の実力を発揮させるための大切な作業になります。

 

 

 

やがて出走時間となりました。

場内アナウンスで選手の紹介を受け、直ちに出走に臨みました。

 

 

 

指揮者の号令一下、選手達は機敏に消火活動をスタートさせます。

 

 

 

その動きは非常にスムーズ、前掲姿勢を保ちながら 限りなく直線のラインを辿って火点に直行します。

 

 

 

伝令による「送水 始め!」の号令に直ちに応じ、速やかにホースに水が送り込まれます。

 

 

 

遅滞なく指示が送達されたうえで 送水もスムーズに行なわれ、アッという間に火点を突き倒し 放水消火が完遂されました。

 

 

 

放水(消火)を終えた後は、落ち着いた足取りで撤収に入り、最後の敬礼もキビキビとした中で「ポンプ操法を終了しました!」の報告を行ない、応援する人たちから大きな拍手を受けていました。

訓練と 何ら変わることのない正確な操作の完遂。

私も含め、関係者は手応えのようなものを感じ取っていました。

 

 

 

 

・・・・・・。

その日の午後、全ての分団の出走→採点(減点方式)が行なわれたのですが、当分団は まさかの6位に沈んだとの報…それを聞いた瞬間、私自身 信じられない思いとなったものでした。

その理由(=減点の理由)はどこに?と訊くと、どうやら 送水時のポンプ操作の際、ポンプの出力が規定のトルクを超えてしまい、それが大きな減点につながってしまったようなのです。(動作などの減点以上に、機械(ポンプ)の稼働に関する齟齬(そご)は 大きく減点されてしまうそうなのです)

この結果を受けての結果報告会。

選手の動作(活動)自体は非常にイイ出来(でき)だった故に、思わぬところで足元をすくわれた感の厳しい結果に 選手たちは一様に悔しさを滲(にじ)ませ、涙 涙の御礼あいさつとなっていました。

 

 

 

この結果について、かつて選手として出走し 今回はコーチ役を担っていた分団員のYくんは「これは明確に 分団の連帯責任だ。」と言っていました。

曰(いわ)く「日々の訓練の中で、選手のみならず 団員全員が、ポンプのトルクが一定であることに慣れてしまい、本番でも その前提で競技に臨み、結果 トルクが上がってしまったことを見落としてしまいました。これは 直接ポンプを操作した選手の責任でも何でもなく、むしろ、そこにまで注意し アドバイスしなかった周囲の者の責任とも言えるんです。」と絞り出すように話してくれ、選手以上に悔しさを滲(にじ)ませていたのでした。

 

後で 当局(消防局)に訊くと、ポンプ(機械)の操作(稼働)に関する減点が大きい理由は「それ(機械の齟齬)が 直接に消火活動の結果につながると同時に、万が一機械が正常に作動しなかった場合は、現場の者の安全にも関わってくるからです。」とのことでありました。

確かに 火災現場に直面した際、本来は通常に作動し 直ちに送水されるべきポンプが(通常に)作動しなければ、火災を鎮圧するどころか そこにいる人たち全員を危険に晒(さら)すことになってしまいます。

そのような事態に至らないよう、機械(ポンプ)を稼働させる際には 果たして定められた能力を問題なく発揮しているかどうかの確認作業を、常に(不断に)行なわなければならない。

 

今回のポンプ操法大会は、私を含む関係者が 改めて大会の意義を再認識する機会となりました。

ときに 人の生命財産に直結する消防(団)かつどうには「これで万全」ということは無い。

いくら訓練を積んだとしても その手から僅か洩れた水のせいで大事に至ることもある。

おそらく イヤ絶対に、今回の大会で 当分団の活動(訓練)に関わった関係者の全ての者は、万が一の際にも 機械の作動を確実に確認し、消火等の活動にミスや遅滞が生じないよう取り組むことでありましょう。

それだけのことを学んだだけでも、この大会に出場したこと・そのために普段の努力を重ねたことの意義のようなものを再認識したところであり、それが 最大の「成果」であったと確信したところです。

 

 

 

◆NPO法人「自遊学舎」総会(懇親会)

夕方は 一路(旧)バードラインを経て、飯綱エリアを拠点として活動を重ねる NPO法人「自遊学舎」さんの総会にお招きいただき、第二部から参加させていただきました。

 

 

 

こちらの「自遊学舎」さんは、飯綱エリア=中山間地域の地勢を活かし 豊かな自然環境を「強み」として 子どもの育成事業や、間伐材を活用した SDGsにも資する循環型の社会活動を継続的に行なっておられます。

 

[参考]2019年 9/23付ブログ記事 

      ↓

自然に親しむ~エネルギーの原点回帰~ - 倉野立人のブログです。

 

私自身は「自遊学舎」さんが 市への申請業務の際に関わらせていただいてからのお付き合いで、かれこれ10年来の仲となっています。

あれから時間が経過する中ですが、時代は(前掲の)SDGsの循環型社会の流れにもなってきており、改めて 当団体の取り組む活動がクローズアップされて然るべき時勢ともなっています。

メンバーの中には、中山間地域の有休農地の解消と 定住人口増加を期して、営農するIターン者の育成のためにプランを練るなどする人も居かれ、その「思い」を伺う中で 将来の中山間地域活性化にあるべき姿を垣間見たところでありました。

私としても、これからも みなさんと気の置けない関係を継続させていただき、その不断の活動が 中山間地域に暮らす人たちの満足感につながるようお手伝いさせていただきたいと改めて思ったところであります。

 

 

 

長野市川中島町 御厨地籍の住宅地(寺社)にイノシシが出没 =身近な人が被害に=

26日のニュースで「川中島町にイノシシが出没、住民に軽傷を負わせ逃げる」と報じられ、報道内容を確認すると 私の知人が「やられていた」ことが分かり、それぞれにお見舞いを申し上げたところです。

ニュースを聞いて現場に駆け付けると 今回の〝被害者〟となった、公私共にお世話になるKさんが臨場してくださり、事(こと)の顛末を伺うことができました。

以下、各局の報道も重ね合わせながらレポートします。

 

報道によると、26日の朝 長野市川中島町御厨の讃楽寺(さんらくじ)の境内に「猪(イノシシ)」が出没したとのこと。

 

 

 

件(くだん)のイノシシは 体長1m余りの成獣で、侵入した境内を駆け回ったあげくに居合わせたご住職と近所の男性に襲いかかり 逃げていったそうです。

 

 

 

Kさんによると 26日の午前8時過ぎ、お寺の裏にあるご自宅の2階の窓から 墓地の中を黒い大きなモノ(動物)が徘徊しているのが目に留まり「イノシシじゃないか?」として とり急ぎご住職に伝えに走ったそうです。

Kさんは事後に、墓地内の〝イノシシ逃走ルート〟を案内してくれました。

 

 

墓地の中には、イノシシの残した血痕が点々と残されていました。

200坪ほどの墓地の中を 時計回りに駆けていったようです。

 

 

 

どうやらイノシシは、町内を流れる堰(せき)を伝って移動を続けたようです。

 

 

 

ちょうど 讃楽寺さんの裏には、階段状になった(堰の清掃などで使う)昇降口があり、そこから境内に侵入したようだ とのことです。

 

 

 

境内に侵入したイノシシは、Kさんが現認したとおり墓地を一周して 庫裡(くり)の前に差しかかり、そこで住職のIさんと鉢合わせしたそうです。

そこでのIご住職は、逃げることもできずにイノシシと対峙し、向かってくる相手に足を繰り出して応戦したそうです。

そのときの恐怖はいかばかりだったでしょうか。

 

 

 

イノシシ侵入をI住職に伝えに来たKさんも身の危険を感じ、本堂沿いに退避しようと背中を向けたところ、標的を変えたイノシシがKさんの背後から襲いかかり、左腕にかみついたりズボンに食らいついてきたようです。

 

 

 

後に救急搬送されたKさんは 最終的に5針を縫うことになり、とんだ厄難となったのでした。

 

 

 

ご本人曰く「こんなデカいイノシシは生まれて初めて見たし、ましてや襲われるなんて初めての経験だった。」とのこと、そりゃあそうでしょう。

 

 

 

ひと暴れしたイノシシは、侵入してきた階段を辿って 再び堰に飛び込み、泳ぐように上流方面に逃げ去ったとのことです。

 

 

 

このイノシシは、こちらに現れる前に 町内の数カ所で目撃されており、その後も行方は要(よう)として分からないままだそうです。

 

 

 

この事案を受け 域内の小学校では集団下校することとし、住民相互に警戒しながら過ごすを余儀なくされていました。

 

 

 

このニュースは ネットを賑わせることにもなり、ヤフーニュースでは 一時上位にランクされるほど。

 

 

 

長野市においては、これまでも 住宅地でイノシシなどの野生獣が目撃されたり、以前には JR長野駅にクマが目撃されるなど、野生獣が身近に現れる事案が散見されています。

また、例えば北海道などでは 住宅地にヒグマが現れるなど、住民にとって身体生命に危険を及ぼす可能性のある事案も聞かれるなど 予断ならない様相となっているのはご案内のとおりです。

 

いずれにしても KさんやIご住職におかれては、重大なケガに至らなかったことは 不幸中の幸いと申せます。

思わぬ形で 知人さんの厄難を聞くことになってしまいましたが、この手の事案は 地域のそこここで起きる可能性があることから、互いに気をつけよう…とは言っても 向こうの方からやって来るのは防ぎようもできないところですが、何かあったら 直ちに声を掛け合うこと・スグに110番通報すること・あとは、今回のようにやむを得ない場合を除いて 相手(獣)に立ち向かうようなことは避ける、などが せめてもの自営手段というところでしょうか。

 

「猪突猛進」を地でいく イノシシ突進劇でありました。