長野市議会議員会派

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〝市内の小学校に第三者が侵入〟の事案に思わされる、学校の「開放」と「セキュリティ」の難しさ

中野市で発生した重大事案の陰(かげ)に隠れた格好になっていますが、かの事案と同じ日(25日)の朝、長野市の小学校に男が侵入し 男子児童に液体をかけた事案が発生しているのは ご案内のとおりです。

(前掲の)中野市の事案に比すれば およそ大したことの無いように見える事案でありましたが、見方によっては 周囲のさなざまな影響が及ぼされることを思わされたところであります。

 

事件は、25日朝 長野市南部の小学校の校門付近で発生しました。

長野冬季オリンピックの開閉会式だった「南長野総合運動公園(オリンピックスタジアム)」の近接にある小学校です。

 

 

 

報道によると、25日(火)朝の自由時間のとき 児童たちが校門付近で「かくれんぼ」をして遊んでいて、チャイムが鳴った(8:15)ので校舎に入ろうとしたときに 男が敷地内に侵入し、児童たちを追いかけまわしたうえ 中の1人(低学年男児)にペットボトルのような容器に入った黄色い液体を服にかけ逃げたということです。

男子児童は救急搬送されましたが、ケガはありませんでした(後に液体は「お茶」であることが判明)

通報を受けて付近を捜査していた警察官が 通報から約3時間後に、付近を歩いていた(侵入したと覚(おぼ)しき)男を発見し、事情を聴きました。が、男に知的障がいがあることが判り その後は保健所と連携して対応しているとのことです。

なお 学校の入り口は正門の1ヶ所のみで、男はそこから侵入したとみられています。

 

 

 

今回の案件は、外部と素通しになっている校地内で発生しました。

この小学校は 入り口は1ヶ所のみですが、そこは門扉が閉じられているワケでもなく いわば開放してある状態でしたから、誰でも出入りできる状態にありました。

そのうえで、学校建屋の入り口(事務室)には受付簿や 受付を経て校内に入っていることを証明する札(ふだ)のようなものがあり、そこ(建屋入り口)でセキュリティを維持するようになっており、この(管理)状況は 市内の殆(ほとん)どの学校がそうなっているようです。

 

学校 とりわけ小中学校における第三者の侵入事案は、全国的に少なからず発生しているところであります。過去には 他市で児童生徒や教職員など関係者の身体生命を脅かす事案(事件)も起きていることから、長野市においても注意を怠りなくすべきことは当然のところであります。

また、今回 児童の身体にかけられた液体は「お茶」だったからよかったようなものの、これが強酸のような毒性や刺激性の強い液体であれば 皮膚等に重大なダメージを及ぼすようなことにもなり、そういう点でも予断ならないところでありましょう。

そのような〝防犯〟の面からいえば、今後は よりセキュリティを厳しくし、第三者がみだりに校地内に入ることができない仕組みをつくることが求められているのかもしれません。

一方 地域に在する学校と地域住民との関わりも大切なことであり、何でも無碍(むげ)に立ち入り禁止とすることがヨシとも言えないとも思うところです。

例えば知見を有する地区住民の人が学校を訪れ、児童生徒にさまざまな経験値を伝える〝教育ボランティア〟などは、児童生徒にとって「生きた教材」であり、大いに歓迎すべき取り組みでもあります。

いずれにしても 学校における「開放」と「セキュリティ」の難しさを再認識させられたところでありました。

 

そんな中、さきに示された「青木島こども未来ビジョン」の中には 青木島小学校の〝地域への開放〟が大きく謳(うた)われており、このことについて 今回の事案等に鑑み〝不安視〟する声が寄せられています。

 

 

 

地域の子どもの居場所でもあった「青木島遊園地」を市の一方的な都合で廃止したあげく、その〝名誉挽回〟とばかりにブチ上げられた「青木島こども未来プラン」ですが、その遍所(へんしょ)に〝無理〟があることが指摘されており、このまま計画を進めれば 結局こどもたちにリスクを負わせることになってしまうのではとの厳しい指摘が寄せられています。

そういう観点で寄せられた不安の一つが「地域等への開放」です。

 

 

その(不安の)通底には、何だか長野市は この計画について美辞麗句を並べ「(計画は)良いとこばかりですよ。」と宣伝ばかりをしているのではないかとの不信感があるのです。

この「地域等への開放」についても、今回起きてしまった〝侵入事案〟のような不測の事態への対応は想定しているのか?イザというときに児童生徒をどのように守ってゆくとの裏付けはあるか?など 不明な点が多く、直ちに計画を容認することはできないというのが 保護者の方々の本音でありましょう。

市行政サイドにおいては、お題目ばかりを並べるのではなく 本当に関係者が安心できる裏付けを示したうえで(市民に)向き合うようにしないことには、またぞろ〝絵に描いた餅〟の誹(そし)りを免れません。

とりわけ「青木島こども未来プラン」の起案者においては、それらも踏まえて 関係者に真に安心・納得してもらえる〝プラン〟を示すことが強く求められるところです。

 

 

さて ところで、今回の案件の中で 私はもう一つの問題を感じ取らされたものでした。

小学校に〝侵入〟した男性(A者)のことです。

報道によると、このA者は 知的障がい者であったとのこと。

さすれば このA者、もしかしたら悪意をもって〝侵入〟したんじゃなかったのではないか。

通りかかった小学校の門前で、何やら子どもたちが 楽しそうにかくれんぼ遊びをしている。

自分も仲間に入りたいと思ったけれど、うまく自己表現ができないままに感情ばかりが高まって校地内に飛び込んでしまい、勢いで 手にしたペットボトルの液体(お茶)をふりかけてしまった。

やや性善説に過ぎるとは思いますが、私とすれば いわゆる「悪気は無かった」うえでの行き過ぎた行為であったと解釈する(したい)ところであります。

前述のとおり 知的障がい者さんにおいては、自己表現やコミュニケーションの仕方が上手(うま)くできないことから、ときに周囲に誤解されたり 場合によっては悪意をもって受け止められることもあり、その対応は難しいところであります。

今回の事案も そんな難しい(ややこしい)状況が重なり合って起きてしまったと考えられるところであり、それらをもってしても 対応の難しさを実感させられました。

 

5月のある日 突発的に起きた事案は、私たちにさまざまなことを考えさせることとなったものでありました。

 

いったい 何が? =重大事件の〝ローカル化〟に戦慄=

「あんな田舎まちで なぜ?」事件の報に接し、にわかに信じられない思いでした。

既に全国を席巻し みなさんご案内のとおり、中野市で 猟銃が使用された凶悪事件が発生しました。

事件の詳細については ここでは論調を控えるところですが、驚くべきことは かかる重大事件の舞台が、いわゆる〝田舎町〟で起きたことでしょう。

事件現場となった中野市は、長野県北部にある人口約4万人の地方都市です。

 

 

 

特に 事件現場となった「江部(えべ)」周辺は、通称「延徳田んぼ」と呼ばれる 昔からの営農地域で、まさに長閑(のどか)を地でゆくローカルエリアなのです。

 

 

 

そして、中野市といえば「うさぎ追いし かの山 小ぶな釣りし かの川~」の、里山の風景を歌った唱歌「ふるさと」の歌詞のモチーフとされ この唱歌の作詞者である国文学者の高野辰之先生(1876~1947年)の出身地であることも知られています。

 

実は かくいう私、30才の頃 人生の紆余曲折の中で、この「江部」にある工場に 数年間に亘り勤めたことがあるのですが、その際にも〝延徳田んぼ〟の長閑(のどか)な風景を実感したものでありました。

 

そんな田舎町で、まさか社会を戦慄させるような重大事件が発生するとは…。

側聞すると、事件の背景については 非常に複雑なものが絡んでいるようであり、今後の捜査の進捗が待たれるところですが、私も含め 多くの人が驚き憂慮するのが「重大事件の〝ローカル化〟」ではないか と。

これまでは 銃器を用いて人の生命財ち産を奪うなどの重大事件は、いわば〝都会で起きるもの〟が定説でありました。

それが今や、全国の田舎まち(地方都市)で 頻繁にとも言うべき頻度で発生しており、憂慮に堪えないところです。

地方に暮らす人たちは「こっちは田舎町だから大丈夫」との いわば根拠に乏しい〝正常化バイアス〟が作用し、例えば玄関を施錠しないまま外出したり 車のカギを抜かないまま駐車することが、半ば当たり前のように行なわれてきました。

ところが、今や そういうワケにはゆかなくなっている。

ましてや、今回のように猟奇ともいえる重大事件が かかる〝延徳田んぼ〟の域内で起きてしまったことに「もはや田舎とて 絶対に安全とは言い切れない」と思わされたところです。

 

また 今回の事件は、わが国の治安の状況変化・猟銃を初め 用途によっては重大な危険物ともなる所持品管理の在り方・警察官の自己防衛や犯人への対応の在り方など、改めて考えさせられることにもなっています。

今回の事件で生命財産に重大な被害に遭われた方々に哀悼とお見舞いの意を新たにいたすと同時に、こんなことが こんな田舎で起きることなど無いよう願うばかりであります。

 

却(かえ)って子どもに教えられる =人と人との在り方=

〝大人の価値観〟で捉(とら)えれば 大きな争議に発展してしまうような問題が、無垢(むく)な子どもの「逆転の発想」で 場の空気自体が(イイ意味で)変わってしまい、却(かえ)って子どもに教えてもらうこととなりました。

 

数日前、小学校低学年の女児(A子ちゃん)の親御さん(Bさん)から相談のLINEが。

訊(き)けば、登校中に 横断歩道の無い場所(道路)を横断した同級生男児(C太郎くん)を「そこは渡っちゃいけないトコだよ!」と注意したところ、C太郎くんは逆ギレし Aちゃんの顔を強く叩いてきたそうです。

ただでさえ小柄なA子ちゃんは、男児のC太郎くんの突然の暴力によって鼻血を出すなどのケガを負ってしまったそうです。

驚くべきは そのことについての担任の一言です。

担任は、A子ちゃんのケガを案じながらも A子ちゃんに対し「A子ちゃんも 言い方がキツかったから叩かれちゃったんじゃないの。」と言い放ったそうです。

それを聞かされたA子ちゃんは 友だちに正しいことを言ってあげたのに叩かれ、あげく信頼を寄せる担任の先生からも 自分(A子ちゃん)に非があるようなことを言われ、心身共に傷ついてしまったそうです。

これは正(まさ)に〝話しのスリ替え〟でしょう。

本来 担任は、先ずはC太郎くんが横断歩道以外の場所を渡ったこと そして理由の如何(いかん)に関わらず暴力を振るってはならないことを諫(いさ)め、そのうえで 勇気をもってC太郎くんを注意したA子チャンの行為は、褒(ほ)めることはあっても「そんな言い方だから…」などと詰(なじ)ることは筋違いも甚(はなは)だしいところでありましょう。

一連の出来事を聞かされ、それも愛娘も悪いようなことを言われたBさんは 到底納得できるものではなく、後日 担任はもとより教頭も交えてこの顛末(てんまつ)について話しをすることにしてるとのこと。

私も この顛末に強い違和感を覚えたことから、今後の事実確認の際には こちら(A子ちゃん)にも非があるようなことを それも本人に対して言い放つデリカシーの無さに抗議すると同時に、C太郎くんやその保護者に対して どのような話し(聴取)をしたのか確認するようアドバイスしました。

 

今回のことは いわば〝大人の価値観〟に依(よ)れば、それぞれの者が保身に走り 事(こと)の決着をつけずに、自分の立場は守りながら 責任を押しつけ合って〝玉虫色〟に収めようとするハラが見えます。

そんな中 であります。

一番の被害者であるハズのA子ちゃんが にわかに信じられないような「金言」を口にし、私は 大いに感心させられました。

何と A子ちゃんは「ワタシ、これからC太郎くんと仲良くなろうと思う。仲良くなれば 叩かれることなないでしょ。」とママのBさんに告げたとのことでした。

何という素晴らしい発想。もっと言えば 大人での価値観では思いつかない発想と言えるでしょう。

自分は全く間違えていない。なのに 理不尽にC太郎くんに叩かれ、あげく信頼する担任からも「A子ちゃんも悪い」ようなことを言われれば、こちら(A子ちゃん)がヘソを曲げても何ら不思議はありません。

しかし、A子ちゃんは 実に大きな器(うつわ)の持ち主だったのです。

今回 C太郎くんが私(A子ちゃん)を叩いたのは、C太郎くんと意思の疎通が無かったからじゃないか。

だったら、いっそ 私の方からC太郎くんに歩み寄っていこう。

その結果 彼との意思の疎通が得られたならば、叩かれるなどの反発し合うような間柄にならないんじゃないか。

理不尽な扱いを受けながらも、A子ちゃんは 敢えて相手(C太郎くん)の懐(ふところ)に飛び込もうとしている。

そして、そのことこそが 対立の構図を避け、最良の解決方法につながる。

そのことを 幼心ながら感じ取った優しい感性には、感心するばかりでありました。

 

 

・・・・・・。

一連の A子ちゃんの素晴らしい感性に基づく考え方を聞いて、図らずも私は「青木島遊園地問題」を重ね合わせたところです。

この問題を振り返れば、一部の苦情者の一方的な「声」を怖(おそ)れた所管課職員は ただただ相手の要求を呑(の)むばかり…そして無為に時間ばかりが経過し 事態はのっぴきならないところまで突き進んでしまった。

もし こんな事態に至る前の所期の段階で、所管課職員(それは公園管理者に限らず)が積極的に苦情者に歩み寄り、相手の言い分を聞くに併せて市の(チルドレンファーストの)考え方を丁寧に伝え 理解を得る努力を重ねていたとすれば。

少なくとも 無碍(むげ)に遊園地を潰して〝ナントカビジョン〟なる大風呂敷を広げるようなことにはならなかったのではないか。

 

今回の A子ちゃんの勇気ある行動を巡っての顛末は、相変わらずの 大人の価値観による「議論のスリ替え作為」を見せられると同時に、そんな小(こ)つまらないプライドに拘泥(こうでい)する大人の了見を大きく超えた、子どもの 無垢(むく)で、でも広い心に基づく考え方の素晴らしさを見せてもらった感でありました。

 

却(かえ)って子どもに教えられる =人と人との在り方=

〝大人の価値観〟で捉(とら)えれば 大きな争議に発展してしまうような問題が、無垢(むく)な子どもの「逆転の発想」で 場の空気自体が(イイ意味で)変わってしまい、却(かえ)って子どもに教えてもらうこととなりました。

 

数日前、小学校低学年の女児(A子ちゃん)の親御さん(Bさん)から相談のLINEが。

訊(き)けば、登校中に 横断歩道の無い場所(道路)を横断した同級生男児(C太郎くん)を「そこは渡っちゃいけないトコだよ!」と注意したところ、C太郎くんは逆ギレし Aちゃんの顔を強く叩いてきたそうです。

ただでさえ小柄なA子ちゃんは、男児のC太郎くんの突然の暴力によって鼻血を出すなどのケガを負ってしまったそうです。

驚くべきは そのことについての担任の一言です。

担任は、A子ちゃんのケガを案じながらも A子ちゃんに対し「A子ちゃんも 言い方がキツかったから叩かれちゃったんじゃないの。」と言い放ったそうです。

それを聞かされたA子ちゃんは 友だちに正しいことを言ってあげたのに叩かれ、あげく信頼を寄せる担任の先生からも 自分(A子ちゃん)に非があるようなことを言われ、心身共に傷ついてしまったそうです。

これは正(まさ)に〝話しのスリ替え〟でしょう。

本来 担任は、先ずはC太郎くんが横断歩道以外の場所を渡ったこと そして理由の如何(いかん)に関わらず暴力を振るってはならないことを諫(いさ)め、そのうえで 勇気をもってC太郎くんを注意したA子チャンの行為は、褒(ほ)めることはあっても「そんな言い方だから…」などと詰(なじ)ることは筋違いも甚(はなは)だしいところでありましょう。

一連の出来事を聞かされ、それも愛娘も悪いようなことを言われたBさんは 到底納得できるものではなく、後日 担任はもとより教頭も交えてこの顛末(てんまつ)について話しをすることにしてるとのこと。

私も この顛末に強い違和感を覚えたことから、今後の事実確認の際には こちら(A子ちゃん)にも非があるようなことを それも本人に対して言い放つデリカシーの無さに抗議すると同時に、C太郎くんやその保護者に対して どのような話し(聴取)をしたのか確認するようアドバイスしました。

 

今回のことは いわば〝大人の価値観〟に依(よ)れば、それぞれの者が保身に走り 事(こと)の決着をつけずに、自分の立場は守りながら 責任を押しつけ合って〝玉虫色〟に収めようとするハラが見えます。

そんな中 であります。

一番の被害者であるハズのA子ちゃんが にわかに信じられないような「金言」を口にし、私は 大いに感心させられました。

何と A子ちゃんは「ワタシ、これからC太郎くんと仲良くなろうと思う。仲良くなれば 叩かれることなないでしょ。」とママのBさんに告げたとのことでした。

何という素晴らしい発想。もっと言えば 大人での価値観では思いつかない発想と言えるでしょう。

自分は全く間違えていない。なのに 理不尽にC太郎くんに叩かれ、あげく信頼する担任からも「A子ちゃんも悪い」ようなことを言われれば、こちら(A子ちゃん)がヘソを曲げても何ら不思議はありません。

しかし、A子ちゃんは 実に大きな器(うつわ)の持ち主だったのです。

今回 C太郎くんが私(A子ちゃん)を叩いたのは、C太郎くんと意思の疎通が無かったからじゃないか。

だったら、いっそ 私の方からC太郎くんに歩み寄っていこう。

その結果 彼との意思の疎通が得られたならば、叩かれるなどの反発し合うような間柄にならないんじゃないか。

理不尽な扱いを受けながらも、A子ちゃんは 敢えて相手(C太郎くん)の懐(ふところ)に飛び込もうとしている。

そして、そのことこそが 対立の構図を避け、最良の解決方法につながる。

そのことを 幼心ながら感じ取った優しい感性には、感心するばかりでありました。

 

 

・・・・・・。

一連の A子ちゃんの素晴らしい感性に基づく考え方を聞いて、図らずも私は「青木島遊園地問題」を重ね合わせたところです。

この問題を振り返れば、一部の苦情者の一方的な「声」を怖(おそ)れた所管課職員は ただただ相手の要求を呑(の)むばかり…そして無為に時間ばかりが経過し 事態はのっぴきならないところまで突き進んでしまった。

もし こんな事態に至る前の所期の段階で、所管課職員(それは公園管理者に限らず)が積極的に苦情者に歩み寄り、相手の言い分を聞くに併せて市の(チルドレンファーストの)考え方を丁寧に伝え 理解を得る努力を重ねていたとすれば。

少なくとも 無碍(むげ)に遊園地を潰して〝ナントカビジョン〟なる大風呂敷を広げるようなことにはならなかったのではないか。

 

今回の A子ちゃんの勇気ある行動を巡っての顛末は、相変わらずの 大人の価値観による「議論のスリ替え作為」を見せられると同時に、そんな小(こ)つまらないプライドに拘泥(こうでい)する大人の了見を大きく超えた、子どもの 無垢(むく)で、でも広い心に基づく考え方の素晴らしさを見せてもらった感でありました。

 

コロナ5類移行から約2週間

夜半(零時過ぎ)になって、PCが動作不良に陥(おちい)ってしまいました。

画面の真ん中に 何やらパスワードを入力せよとの窓が出現したので、思いついたパスワードを入力。ところが、どのパターンを入力しても動作せず 動作不良(フリーズ)のままです。

仕方がないので、翌朝になって取引のあるOA会社のサービスマンさんに訊くと、契約の問題じゃないかとのアドバイス。

そこで、0120で始まるサービスセンターに電話をかけたのですが、それが「回線が混み合っています」で全くつながらない。

さんざん待ってようやく(電話が)つながり、そこからまたアドバイスを受けながら操作し、やっとこさ動作するに至りました。

 

日頃は便利に使っているPCですが、いざトラブルとなると 自分ではどうすることもできません。

(メンテの)知識が無いということは、(トラブルの際)如何(いか)に無力かということを自覚(自戒)させられます。

パソコンにスマホにと「文明の利器」を当たり前のように使っていますが、その(便利な)環境の上に胡座(あぐら)をかいている自分がいて その者(自分)は、いかほどの危機管理能力も無いまま日々を過ごしているのです。

ちょっとしたトラブルが 存外に尾を引くことになったこの日、今や活動に欠かせなくなっているPCなどの機器の扱いについて より気を配ってゆかなければと思いをいたしたところです。

 

 

 

 

◇コロナ感染症「第5類に移行」から 約2週間が経過→大過なきも やはり〝受診・治療(検査)控え傾向〟か

社会を席巻した「新型コロナウイルス感染症」について これまで国を挙げての対応が為(な)されていた「2類相当」から、この5月8日をもって 季節性インフルエンザ等と同等の「2類」に移行(引き下げ)されているのはご案内のとおりです。

このこと(5類移行)に伴い、感染者集約が定点病院のみで行なわれ 公表(報告)が水曜日のみとなったり、(コロナの)診療費が一部有料になるなど その対応が従来と変わってきています。

 

 

 

あれから約2週間。

前掲のとおり、これまで連日に亘り公表(報告)されてきた感染者数や 無料だった診療費(治療費)が有料になったことでコロナ対応の様態が変わってくる(再悪化)ことが懸念されたところですが、感染者数については 今のところ大きな変化は無く、これまでと同様に〝低数横ばい傾向〟を維持しているようですが、診察・受診の様態には 若干の変化がみられるようです。

さきの報道によると、先週の水曜日が 5類に移行してから初の発表日であったことから注目されましたが、結果は 県内の医療機関で、1つの医療機関当たり3.65人と4人に満たず 先週(2類の頃)とほぼ横ばいだったとのことでした(これまでの全数把握からインフルエンザと同じ県内88医療機関での1週間ごとの定点把握に変更)

報道の内容は「保健所別では 北信で10.40人と最も多く、次いで上田の6.38人、松本市の4.60人などとなっています。年齢別にみると、20代と40代の割合が多くなっていて 県では大型連休中に動きのあった年代で増えている可能性もあるとしています。入院している人は16日現在で109人、うち重症が4人・中等症が11人。患者の数の把握方法は変わったものの、ほぼ横ばいで推移している」としていました。

 

 

 

長野市保健所に照会すると、長野市においても 5類移行後は「感染症情報」として 季節性インフルエンザと同じ表(ひょう)の中で感染状況を報告することになっています。

 

 

 

コロナ感染症も 感染性胃腸炎やインフルエンザと同じ調査の枠に入れられ、週1回の報告の遡上に載ることになっています。

 

 

 

ちなみに〝5類初登場〟のため、週ごとの発生者数を示す折れ線グラフは「点」のみで 2点以上を結ぶ「線(折れ線)」を成していません。今後 報告が第2週~3週と続くうちに、発生件数の変化が目視されるようになります。

 

 

 

今後も いわば粛々と感染者の推移は公表(報告)されてゆくことになります。

今のところは「2類相当」から大きな変化は無いところですが、5類になったとしてもコロナが居なくなった・または弱毒化したワケでは決してありませんので、今後も最大限の注意を払いながら社会生活を送るべきことは言うまでもありません。

 

[参考]長野市感染症情報/長野市HP

       ↓

 

長野市感染症情報

長野市

 

 

 

ところで「5類移行」の もう一つの大きな変化である「診療費(治療費)の一部有料化」に伴い、医療現場は(案の定)変わりつつあることが 併せ報じられています。

有料化に伴う〝治療控え傾向〟です。

 

 

 

 

報道によると、県内(松本市)の医院でも コロナ受診の一環でもある「PCR検査」を希望しない患者が増えているとのこと。

これまで無料だった検査費用が、診察料と合わせ 約5.000円かかるようになったことからか、今までは医師が検査を勧めれば受けていた患者が「検査はいりませんので診察だけお願いします」という風に変わってきているそうです。

ところが これが痛しかゆしとなっているそうです。

というのも 医師曰(いわ)く「風邪でもコロナでも、熱が出た・のどが痛い・咳や痰(たん)が出るといった初期症状は共通しているので、それがコロナなのかはPCR検査をしてみなければ分からないのです。しかし それが任意(有料)となれば、医師から強制的に(PCR検査を)受けさせることもできず、(コロナか否か)ハッキリしないままに処方しなければならないのです。」とのこと。

 

 

 

また、万が一の入院調整についても 医療機関相互の手に委ねられることになっていることから、現場の負担が増すことへの危惧が吐露されていました。

 

コロナ5類移行については、前掲のとおり 今のところ大過なく推移しているようですが、今後の状況によっては 患者の増加や医療現場の混乱(負担増)など、不測の事態に至ることは無いとは決して言えず 相変わらずの予断なき対応が求められるところでありましょう。

そのような中 この時期にインフルエンザが流行(はや)り始めているとの一部報道もあり、私たちは さまざまな流感に注意しなければならないようです。

それにつけても、コロナ感染症に有効な口径薬の供用が待たれるところであります。

他人事(ひとごと)じゃない =空き巣被害情報に昼火事=

日々 何やらバタバタしているのですが、この日(20日)も バタバタすることとなったのでした。

朝は早うからオフクロから電話があり、様子見に行くことに。

と いうのも、さきの出張中に電話があり「団地(須坂市明徳団地)で〝空き巣被害〟があった」とのことだったのです。

ヨク訊(き)くと、被害に遭ったお宅は「空き家」だったそうです。

朝 やや早い時刻に玄関チャイムが鳴るので出てみると、いつもオフクロを気にかけてくれるお向かいの奥さんが慌てた様子で「隣りの空き家に泥棒が入って、警察が調べてる」と伝えてくれたそうです。

オフクロんちの斜向かいのその家は もう10年も前に家主さんが他界したのですが、ご親族が群馬だかにお住まいのため継ぐ人がいなく 以来「空き家」になっていたそうです。

それでも、家族の依頼で庭の手入れだけは造園屋さんに頼んでいたのですが、先週 その造園屋さんが庭に入ったところ、窓の一部が割れているのに気づき 通報に至ったようなのです。

オフクロ曰(いわ)く「こんな閑静な団地で こんな物騒なことが起きるなんて…施錠は怠りなくしているけど、怖くて仕方が無いわ。」とのこと、そりゃあそうです。

報道等では 実にいろんな事件・事故が伝えられていますが、実際に身近で起きたとなれば 心中穏やかならぬことは察するに余りあるところです。

で、宅内に1ヶ所 施錠に不安があるとのことでしたので、取るものもとりあえず車首を向けました。

(この「空き家での空き巣被害に起因する諸問題」については これまでも(空き家問題に)関わっており、識者から指南を受けていますので 後日また触れさせていただきます)

家で オフクロの話しを傾聴したうえで、所轄の警察に電話し 団地内のパトロールを強化してくれるよう依頼しました。

 

 

と…実家についてメンテしている最中(さなか)、篠ノ井岡田にお住まいのOさんから電話があり「ムラ(岡田)のお寺さんが火事だ。すぐ来てくれ!」との報が。

オフクロに事情を話し飛び帰ることとし、屋島橋~五輪大橋経由~南パイパスの最短コースを駆って 現場(げんじょう)のお寺さんに向かうと、境内にある庫裡(くり)の屋根が焼け落ちる大きな火災となっていました。

 


 

 

このお寺さんは、茶臼山公園にほど近い「観照寺」篠ノ井岡田の集落内に位置し、近隣をはじめとする檀家衆を抱える 真言宗智山派の寺院です。

 

 

 

私が現着した際には ほぼ鎮火していましたが、屋根裏などで未だ燻(くすぶ)る火勢があり、念入れの消火活動が継続されていました。

 

 

 

現場には 消防士はもとより 一報を受けて多くの消防団員さんが集結され、かいがいしく補助活動を担っておられます。

 

 

 

火災の末期には 屋根裏から再出火することが間々あることから、消防士の指示で 団員さんが、その方(屋根)に向けて 念入れの放水を行なっていました。

 

 

 

〝お寺さんでの火事〟と聞いて、私は 線香やロウソクが原因かと思いましたが、訊けば 今回の火災原因は「天ぷら揚げ」とのことでした。

家人が庫裡の台所で天ぷらを揚げていたところ 何らかの理由で燃え上がり、火の手が天井まで及んで 手の施(ほどこ)しようが無くなってしまったそうです。

折りしも季節は山菜の時期。天ぷらを揚げる機会も増えるところであり、今回の昼火事は 他人事では済まされないところです。

 

通報してくれたOさんと(電話で)一致したのですが、この日の火事の〝不幸中の幸い〟は「風が吹いていなかったこと」です。

ついこの間は 域内を強い風が吹き往生したところでしたが、万一 その(強風の)気象と火事が重なったとすれば…庫裡と廊下でつながる本堂も延焼を免れることはできず、寺社全体が燃え尽きる惨事となってしまったことでしょう。

Oさんは電話で「泥棒は金目の物しか持ってゆかないけれど、火事は一切合切(いっさいがっさい)持ってっちゃうから怖い。お互い気をつけような。」と言っておられました。

 

奇しくも〝泥棒騒ぎと昼火事〟の両方に触れた この日のバタバタ行程。

いずれも「他人事(ひとごと)じゃない」の感を強くもったところです。

Oさんは このお寺さんの檀家ではないとのことですが、(宗教団体への行政の介入はできないものの)ご関係者から お困りの声が出されれば、関係機関につなげるので その際はご一報くださいとお伝えしました。

 

 

 

ところで、この日の昼火事の現場は 集落の中にあるお寺さん。

火事場につながる道路は 昔ながらの〝荷車道路〟狭隘(きょうあい)な道幅となっています。

 

 

 

消防車や救急車などの大型な緊急自動車は現場まで入ることができず、直近までの駐車を余儀なくされ、そこから延々とホースを連結しての消火活動となっていました。

 

 

 

このような地勢においても、消火などの災害対応は貫徹しなければならない。

昔ながらの集落における(災害対応の)難しさをも実感させられたところです。

 

 

[参考]天ぷら火災の対応

    ↓

これだけは気をつけたい 天ぷら火災 | 植物油のおいしいおはなし | 植物のチカラ 日清オイリオ

 

行政視察報告「尼崎市のヤングケアラー支援」

5/15(月)~17(木)にかけて、所属する「長野市議会 福祉環境委員会」の行政視察に参加しました。

最終日の17日は 兵庫県尼崎市を訪れ、近年 話題(社会的課題)となっている「ヤングケアラー支援」における先進事例を調査研修する機会をいただきました。

 

「ヤングケアラー」とは、本来は 大人が担うと想定されている、家事や家族の世話などを日常的に行なっている(担っている)子供のことを指(さ)します。

 

 

 

ヤングケアラーになってしまうことで、家庭における責任感や 一方で(自己負担の)自覚が乏しいままに 自分の生活そのものに影響が及ぶこととなり、結果 学業や友人関係などに影響が出てしまうことがあるものです。

これまでも この〝ヤングケアラー問題〟について話題とはなっていましたが、ここのところの社会情勢の多様化・変遷(コロナ禍を含む)が著しい中において一層の遍在化 それに伴い問題が表面化することとなりました。

そこで 国(厚生労働省)においては、令和4年度に「ヤングケアラー支援体制強化事業の実施要項」が示され、同年度から令和6年度を「ヤングケアラー認知度向上の集中取り組み期間」とし、ヤングケアラーに関して分かりやすく広く関心を集めるような広報・啓発活動を実施することとしています。

 

[参考]厚生労働省「ヤングケアラー支援体制強化事業の実施要項」

           ↓

https://www.mhlw.go.jp/content/11920000/yongcarer.support.overview20220331.pdf

 

 

そのような中にあって 今回の視察市である尼崎市は、全国に先んじて ヤングケアラー支援に取り組んでおられるのでした。

 

この日の視察は、尼崎市の子どもの育児支援・ヤングケアラー支援の拠点施設(あまぽーと・いくしあ)で行なわれ、所管の「こども青少年局」の関係課職員から説明を受けました。

 

 

 

 

「ヤングケアラー支援」については(前掲のとおり)昨年度あたりから公的支援が緒に就いたところであり、それも 現段階では(長野市も含め)〝調査段階〟というのが実際のところであります。

しかし 尼崎市においては、遡(さかのぼ)ること平成30年度には 事前研修会やシンポジウムなどを行なっており、全国に先駆けてのヤングケアラー支援に臨んでいました。

「なぜ このように早く(ヤングケアラー支援に)取り組んだのですか。」私の問いに対し「尼崎市には、そうならざるを得ない社会的背景があるのです。」とのことでした。

その背景には、尼崎市が 全国での住民1人あたりの生活保護費受給ランキングが、計928地域中13位の上位にランクされるなど、厳しい市民生活を余儀なくされる世帯が多くあり その中で「ヤングケアラー」の存在がクローズアップされたことがあったそうです(同ランキングで長野市は533位)

この 尼崎市の(厳しい)社会状況を踏まえる中、国においても(令和4年度「ヤングケアラー支援体制強化事業の実施要項」)支援事業が本格化することになったことから、令和元年に設置された「子どもの育児支援/いくしあ」の活用も含め、さまざまな支援事業に取り組んでいます。

◆ヤングケアラーピアサポート事業(こども青少年課)

・ヤングケアラー同士が 自らの悩みや不安を共有・相談できる居場所を提供(委託事業)

・毎月1回のイベント開催により 当事者相互の関係性を構築

◆ヤングケアラー等世帯訪問支援事業(こども相談支援課)

・家事 育児に困っている世帯に専門の訪問支援員を派遣、掃除・洗濯・配膳などを支援

 

 

 

 

説明を聴取するうち 私は、尼崎市のヤングケアラー支援が 非常に機微(きび)に触れたものであることを実感しました。

聴取の中で 私は「ヤングケアラーピアサポート事業」と「ヤングケアラー等世帯訪問支援事業」が いわば車の両輪を成していることに気づきました。

すなわち「ヤングケアラーピアサポート事業」は、当事者の気分転換を促す いわばソフト事業であり「ヤングケアラー等世帯訪問支援事業」は、当事者の生活そのものを実施的に支援する いわばハード事業であること、その双方の支援を並行して行ないながら、なおかつ所管課は ヤングケアラーに該当する若者を温かく見守り、そして(ここが非常に肝心なのですが)個人情報の保護(秘匿)を遵守したうえで キメ細かい支援を行なっているのでした。

 

尼崎市(こども相談支援課)においては、子どもの支援を担う「児童ケースワーカー」を (前掲の)「いくしあ」に2名・保健行政拠点の「北部保健福祉センター」に9名・「南部保健福祉センター」に8名を配置し、それぞれが担当地区を持ったうえで 家庭児童相談に当たっています。

尼崎市においては、これまでも 児童虐待などの家庭問題について相談・支援を行なっていますが、昨今のヤングケアラー問題の遍在化に鑑み 関係者が改めて「要保護児童対策協議会」の場での情報交換や「いくしあ」に寄せられる相談を受けるなどして 児童生徒の中にヤングケアラーに該当する子がいるか等との状況把握に努め、関係者が協力し合って支援に当たっているとのことです。

そのうえで尼崎市では、令和4年度から「ヤングケアラー等世帯訪問支援事業」を開始、ヘルパー派遣により 子どもや保護者の負担軽減を図り、世帯全体の自立を促す取り組みを継続しています。

 

「ヤングケアラー等世帯訪問支援事業」は、敢えて広報を行なっていないとのこと。

これは、該当世帯(児童)に対する配慮とのこと。情報は表(おもて)に出さず、あくまで児童ケースワーカー⇔当該世帯との 相互信頼に基づく情報共有体制の中でヘルパー派遣を決定し、いわば〝陰(かげ)ながらの支援〟に徹しているそうなのです。

また、前掲の 子どもの育ち育成センター「いくしあ」には、尼崎市教育委員会事務局 こども支援課が入っており、スクールソーシャルワーカーを通じて 市長部局・児童ケースとの情報共有を図っているとのことです。

 

そして 資料の最後には、ヤングケアラー支援で注意すべきこと(難しさ)について触れていました。

すなわち、ヤングケアラー自身は「自分がヤングケアラーであること」を自覚しないままに(厳しい)日常生活を〝当たり前のこと〟として送っていることがほとんどであることから、関係者(大人)の無遠慮な介入が 子どもや世帯のスティグマ(劣等感)を呼び起こすことにもなってしまうことがあるそうです。したがって、事業展開については慎重に進めなければならない とのことでありました。

 

「ヤングケアラー支援」については、遠からず 長野市においても具体的に取り組むべき課題となることは必定です。

尼崎市の先進事例を学び、私たちの暮らす地域においても その知見を然るべく役立ててゆくべきことを実感いたしました。

行政視察報告「奈良市子どもセンター」など =実効ある子ども支援=

所属する「長野市議会 福祉環境委員会」の行政視察に参加しています。

この日(5/16)は、奈良県奈良市の「奈良市子どもセンター」および「保育園のコットベッド」について調査研修を行ない、そこで〝現場の声〟を聴取する いわば醍醐味のようなものを実感することができました。

 

◇「奈良市子どもセンター」について

奈良市は、全国の自治体に先進して(3番目)子供を保護(庇護)する「児童相談所(児相)」を市独自に保有し、それを含めた総合的な子ども関連施設「奈良市子どもセンター」を管理運営しています。

児童相談所は「子どもに関する家庭その他からの相談に応じ、子どもが有する問題又は子どもの真のニ-ズ・子どもの置かれた環境の状況等を的確に捉え 個々の子どもや家庭に最も効果的な援助を行ない、もって子どもの福祉を図ると共に その権利を擁護する」ことを設置(活動)理念として運営されています。

しかして その(相談)内容は、児童虐待やDV(家庭暴力)など 子どもの生存権をも脅かす機微に触れたものになっており、その対応には関係者の綿密な連携と真摯な対応が求められています。

そのような中 奈良市においては、平成29年に「改正児童福祉法」が施行され これまで都道府県が設置主体であった児童相談所が「中核市(並びに特区)でも(児相を)設置できる」との附則が盛り込まれたことを契機に、当時の市長の指示で 奈良市として児童相談所を設置する運びとなったとのこと。

同年10月には 庁内に「県市児童相談所検討プロジェクトチーム」を設置、翌30年には「奈良市児童相談所等のあり方検討会議」を発足させ、市独自の児童相談所を含む総合的な子ども支援施設(機関)の設置に向けた検討を進め 令和4年4月に「奈良市子どもセンター」として供用開始されました。

 

(写真は資料)

 

 

「奈良市子どもセンター」には 前掲の「奈良市児童相談所」を初め、就学前の子ども(保護者)が自由に遊べる「キッズスペース」妊婦さんと0〜3歳児の 子どもと家族が集える「地域子育て支援センター」就学前の児童の発達障がい等に対応する「子ども発達相談(所)」家庭のさまざまな悩みについて相談を受け支援につなげる「子ども家庭総合支援拠点」さまざまな事情により 一時的に子どもが家庭から離れて生活する「一時保護所」が設けられています。未満児から未就学児とその家族・そして課題を抱える子どもの〝駆け込み寺〟ともなる施設(児相)の設置に伴い「奈良市子どもセンター」は、まさに実効ある子ども支援拠点として活用されているのでした。

 

 

 

このような総合的な機能を有する「奈良市子どもセンター」は、奈良市子ども未来部を筆頭に組織を成しています。

「子どもセンター」は、子ども未来部の中で独立した所管となっており、その中に「子育て相談」「一時保護課」「子ども支援課」の各課で業務を分掌しています。

 

 

 

 

その中でも、特に注目すべきは やはり奈良市が独自に運営する「奈良市児童センター」でありましょう。

前掲のとおり、児童(子ども)を取り巻く問題は 多岐に亘ると同時に機微(きび)に触れる内容が多く、それは例えば 大人の立場(所管)の解釈によっても対応が異なる場合が考えられます。

奈良市は、特に児童相談所に関する課題(問題)について その所管が市⇔県と異なるよりも、市が独自に児相業務を担った方が「子どもに寄り添う対応」ができるのではないかとの考えの下、児童相談所を市単運営することを選択したそうです。

そのうえで 奈良市子どもセンターの児童相談所は、下記に「めざす4つの視点」を設け事業に臨んでいます。

①子どもとその家庭に「寄り添う児相」

 ・共に考える「伴走型支援」・発達相談・権利擁護 等

②地域のさまざまな社会資源と連携して支援する「まちの児相」

 ・保健センターや保健所との連携・行政と一体となった支援・地域の支援者や里親との連携

③外部の声を聞く「開かれた児相」

 ・アドバイザーの活用・第三者評価の活用(意見拝受)

④気軽に寄って相談できる場所

 ・キッズスペース・地域子育て支援センター

 

また「奈良市児童相談所」が連携する機関は、下記に及んでいます。

奈良県庁・奈良県児相・市本庁・市教育委員会・保健センター・里親・乳児院・児童養護施設・児童虐待防止ネットワーク団体・社会福祉協議会・医療機関・民生児童委員・消防・警察・学校・中間教室・こども園・保育所・幼稚園・外部アドバイザー

子どもに関するあらゆる機関と連携して児童相談(保護・庇護)にあたっていることが分かります。

 

 

 

私たちの視察に対し 説明者を担ってくださったセンターのH所長は、施設設置の際の苦労と 設置後のさまざまな機関との連携、それだけに それら関係機関との連絡調整の重要さと大変さを吐露してくださいました。

当然のことながら、奈良市独自の児童相談所の設置は(奈良市にとって)初めての事業であることから、市長の英断を受けた後は 議会対応や県との調整・奈良市職員が 児相の職員として適切に機能できるように職員研修・また 実際の相談事案(DVや虐待等)が発生したときの警察等への通報や送致などの難しさが、実感をもって伝えられました。

 

そのうえでH所長は「子どもの権利」について強調されておられ、そのことが強く印象として残りました。

すなわち、子どもに向き合う全ての大人は「子どもの権利」を尊重し、ときに「子どもの意思表示」を真摯に受け止めてゆかなければならない。

そのために奈良市では「アドボケイト」なる〝被相談者〟を設け、かかる子どもの意思表示を受け容れているそうです。

「アドボケイト」とは、権利表明が困難な子ども・高齢者・障がい者など、本来は個々人がもつ権利をさまざまな理由で行使できない状況にある人に代わり その権利を代弁・擁護し、権利実現を支援する人を指(さ)し、奈良市では 県弁護士会と連携し、弁護士の有志をもって その任に就いていただいているそうです。

〝奈良市版アドボケイト〟は、子どもたちから「アドボのおっちゃん」として親しまれながら、子どもの抱える「(H所長いわく)しょーもない相談」を聞きながら それを端緒に(子どもや家庭の抱える)本当の課題(深層)を明らかにしつつ、適切な解決を図る努力を重ねているそうです。

ここに「奈良市児童相談所」が市民(子ども)に寄り添う活動を実践している姿を垣間見たところでありました。

 

長野市においても、子どもを初めとする いわゆる社会的弱者の人たちを取り巻く問題や課題は多岐に亘っていることから、この奈良市の実践例を大いに参考にし 真に市民に寄り添える市政が為(な)されるよう計らってゆくべきと思いをいたしたところでありました。

 

◇奈良市保育園「コットベッド」配備事業

奈良市は、公立保育園について 園児を対象にした「コットベッド」を配備しています。

「コットベッド」とは、子ども(園児)のお昼寝(午睡)に用いられる 個別に配備される簡易ベッドのことを指(さ)します。

 

 

 

硬質プラスチックのフレームに、園児が横になる面はポリエステルのメッシュが施されており、そこに敷布(シーツ)を敷いて子供を寝かせ 敷布のみを交換(洗濯)するものです。

フレームの支柱が約10cmほどの高さがあるため、子供が横になる際の敷布が床に直接触れずに済み 埃(ほこり)が人体に付着する率が著しく低下、またアレルギーの原因となるダニの繁殖も防ぐメリットがあり、また かかる(床上10cmの高さを伴う)三次元構造や一人一台の個別利用に伴い、頭ジラミやノロウイルスに代表される感染性胃腸炎など、様々な感染症が毎年度発生している中、集団保育における様々な感染症の拡大を防止できます。

さらに ベッド面はネットのため、汗などで湿ってもすぐに乾くとともに、おねしょなどで汚れても水洗いができ、さらに座面がネットのため 子供が横になると身体を包み込むように凹(くぼ)むことから、お母さんのお腹の中にいるような安心感と心地よさが感じられます。また、自分のスペースが確保できるため睡眠が安定します。そのうえ、床とベッドの間に空気の層ができるので 夏は涼しく冬は暖かい保育環境を提供できるとのことです。

また コットベッドは重ねて収納することができるため、お昼寝の準備や収納も簡単かつ効率的にでき、さらに綿入れのお布団が要らなくなったことで 持ち帰りの際の保護者負担も大きく軽減されているとのことです。

 

 

 

 

奈良市のこの事業で特徴的なのが〝財源〟でありました。

「コットベッド配置事業」の財源について、コロナ禍で国から交付された 支弁に自由度のある「持続化給付金(10/10)」を活用し、市の負担ゼロで 全ての園児にコットベッドをあてがうこととしたそうです。

(コットベッド自体が、園児同士の距離を保つこととなり〝コロナ対策〟の効果は大きかったようです)

「持続化給付金」については 自治体ごとにさまざまな用途があったところですが、こんな使い方があったのか、と 目からウロコの支援金の活用でありました。

「コットベッド」の導入で、なかなか寝付けなかった園児も「自分のベッドだ」との歓心をもって午睡することから〝一石二鳥〟の効果があるとのことでありました。

 

さまざまな面で子どもに寄り添う施策を展開する奈良市。

その具体的内容と共に、説明に当たってくださった職員の熱意や思いが直(じか)に伝わり〝子ども行政かくありなん〟を実感させてくれたのでした。

行政視察報告 =東京都日野市「クリーンセンター・プラスチック類資源化施設」=

所属する「長野市議会 福祉環境委員会」の行政視察に参加しています。

この日(5/15)は、東京都日野市のゴミ処理施設「日野市クリーンセンター」に伺い、その中でも「プラスチック類資源化施設」を視察研修しました。

その背景には、環境に関する法律のうち プラスチックの資源活用を推し進める法律「プラスチック資源循環促進法(新プラ法)」の施行(2022年度)があるのです。

 

 

 

 

これまで「プラスチック」に類別されるゴミの分別収集と再資源化は『プラマーク』が付けられた「容器包装プラスチック」を対象に行なわれてきました。

 


 

 

それらを踏まえたうえで「新プラ法」では、これまで分別収集と再資源化が行なわれてこなかった「製品プラスチック」についても、収集・再資源化を行なうことを市区町村の努力義務として定めているのです。

「製品プラスチック」とは、玩具や容器などに用いられる いわゆる〝固いプラスチック〟を指します。

プラごみなどの燃えない固形ゴミは、機械によって破砕(はさい)するのですが、例えば長野市(長野広域)のゴミ処理施設に装備されている破砕機では この製品プラまで砕く強度が無く、現在のところ(製品プラは)不燃ゴミとして処理されています。

 

 

 

時代の流れは この〝固いプラゴミ〟をもリサイクルゴミとして回収すべきというようになってきており、長野市においても その状況変化(新法施行)に則した対応が求められてきています。

日野市は、その点において先駆的な取り組みを行なってうるのでした。

 

日野市は、平成2年度に 周辺2市と広域で新たなゴミ処理施設を建設する計画を立てましたが、その計画に対し 地元住民(市民)から反対の声が上がり、そのことが逆に 日野市のゴミ処理に対する意識(ゴミの効率的・有機的処理)を高めることになったそうです。

昭和44年に導入した 路傍にゴミ捨て場を設けた「ダストボックス方式」は、いつでも何でも(ゴミを)出せる と、市民にとっては便利な方法でしたが、一方で分別・資源化に不適当で さらに設置場所周辺の生活環境が悪化し交通の支障になるなどの問題点があったとのこと。

 

 

 

この状況を打破すべく 日野市は「ごみ改革」と銘打ち、ゴミ収集袋の有料化や個別収集などの〝改革〟を断行、今では全国有数の「ゴミ排出の少ない自治体」にランキングされるようにまでなったそうです。

 

そのうえでの「廃プラ・製品プラの同時回収」です。

日野市では、平成2年のクリーンセンター設置の際 既に製品プラまでも破砕できる強靱な刃をもった破砕機を導入していたそうです。

そのとについて 視察の質疑の中で私が問うと、その先見性は 意外なところにあったことが伝えられました。

担当職員によると、新たなクリーンセンターを設置する頃は「製品プラ」の破砕ゴミが 主に海外で需要があり、いくばくかの利益を生む可能性があったそうです。

そこに目をつけた日野市は、新たな施設を整備する際に 製品プラを加工(破砕)できるようにしたうえで、行政の財政負担の軽減(利益の創出)を見込んで、当初から製品プラを破砕できる強靱な機械を導入し 現在に至っているそうです。

ところが その後は社会情勢の変化で、製品プラ(ゴミ)の需要は無くなってしまいましたが 現下「新プラ法」が施行された際には、他自治体に先んじて破砕装備が備えられていたことから 結果「先進市」として評価されることになったそうなのです。

 

 

 

ひと亘りの説明の後、施設内を見学させていただきました。

施設の3Fには「プラスチック類手選別室」が設置されており、多くの作業員の方々が プラスチックとして資源化できる・できないの選別作業を担っておられました。

 

 

 

流れてくるゴミ(基本プラごみ)の中には鋭利な物もあるため、作業員さんはそれぞれ工夫を凝らして選別に当たっています。

 

 

こちらの人は「しゃもじ」にスプーン?を取り付け、実に手際よく選別を行なっておられました。

 

 

 

それぞれに工夫を凝らして 一心不乱に作業に臨む作業員さんの姿に直(じか)に接し、当市でもゴミ行政に真摯に向き合う姿勢のようなものを見させていただいた感でありました。

 

その前段では、搬入されたプラごみは ベルトコンベアで「プラスチック類ごみ破袋機」に運ばれ、シュレッダーの刃を巨大化したような機械によって 家庭などから出されたごみ袋を破ったうえで「風力選別機」に運ばれ、強い風を当てることで 重いもの・軽いものに分けられます。そのうえで、手作業による選別に供されるのでした。

それらの工程を経て純度が増したプラごみは「プラスチック製容器包装圧縮梱包機」に運ばれ、ここでプラごみは 一辺1m、約270kgの巨大な立方体ににまとめられ、再製品化すべく「マテリアルリサイクル」され、出荷に供されるのです。

 

 

 

ちなみに この巨大なサイコロの横には、再生リサイクル製品として「パレット」が展示されていました。

住民が排出したゴミが、今度は物流を支える素材として 再び世に出ることになるのです。

 

 

 

 

プラごみを巡る歴史は、去る西暦2000年に 一般廃棄物の減量と資源の有効活用を目的に「容器包装リサイクル法(容リ法)が全面施行されたことに端を発しています。

容リ法では、包装容器を作るメーカーや 包装容器を用いるメーカーなどに対しリサイクルのための費用を支払うことが義務化され、メーカーなどから徴収された費用は 分別収集し再資源化を行う市区町村に再分配されています。

一方、法施化後 まだ日が浅い「新プラ法」に基づき処理される「製品プラスチック」については まだこのような循環型の制度や仕組みができあがっていないのが現状です。

したがって、新プラ法によって製品プラスチックの収集と再資源化が市区町村の努力義務となったものの そのコストは市区町村の自費になってしまうのです。(日野市では 年間で約2,000万円)

このことから、新プラ法という制度(法律)が整備(施行)されたことは評価されるものの、処理に関する支援(補助)などの仕組みはまだこれからの感、各自治体の自助努力に対し適正に支援してゆく国の姿勢も問われるところでありましょう。

とりわけ長野市においては 製品プラを破砕できる強靭な「刃」を有した機械もこれからの配備になることから、さまざまな面で課題が予見されるところです。

 

私たちが社会生活を送る中で 絶対に発生するゴミ。

例えば食品トレイやペットボトルは、飲食の直前までは重宝されても それ(飲食)が終わった途端に邪魔な存在になってしまう。言いようによっては理不尽なものです。

その 便利で快適な社会生活の副産物として生まれるゴミを でき得る限り有効に活用(再使用)してゆくことは、私たち人類に課せられた使命とも申せます。

このことについて、今後も 官民を問わず人智を尽くしてゆくべきことは、循環型社会の構築に向けた必須作業であると 改めて思わされたところであります。

千曲川の被災地復旧堤防の表層が崩落  =思い起こさせる不安=

去る12日、千曲川を護岸する堤防が崩落したことが報じられました。

で、気になったのは その崩落箇所です。

報道によると、今回 崩落したのは、さきの「令和元年東日本台風」で決壊した長沼地区を中心としたエリアだとのことです。

 

 

 

国土交通省千曲川河川事務所の発表では、崩落箇所は長野市の穂保・津野・赤沼、小布施町の大島・山王島・押羽の各区内で いずれも被災後の堤防強化工事が完了した箇所だったそうです。

 

 

 

崩落の状況については下記のとおりです。

千曲川堤防の崩落が発見されたのは、さきの7日~8日に ややまとまった雨が降った後で、千曲川の左岸(長野市側)・右岸側(小布施側)の堤防で、堤内(集落側)・堤外(河川側)のいずれもの法面(のりめん)で複数箇所(現認は6箇所)に亘って崩落が見られたとのことです。

 

 

 

 

さきの東日本台風においては、長沼地区の千曲川堤防が 約700mに亘って決壊し、堤内の穗保地区を中心に広範囲に亘る浸水や建物崩壊の大きな被害を受けたのはご案内のとおりです。

その際の、当該地区住民の方々の恐怖と失墜感はいかばかりかと拝察したものでした。

 

 

 

その後、破堤した箇所はもとより エリア一帯における堤防の復旧と強靱化工事が行なわれ、堤防の法面をコンクリート等で強化し そのうえで自然景観に配慮して、敢えてその(コンクリートの)上を覆土して 外見上は災害前の堤防の景観を維持するようになっています。

 

 

 

 

で、今回はその覆土部分が崩れたようなのです。

前掲のとおり、さきの災害で決壊した部分については エリアの全面をコンクリートで覆っていることから、今回の崩落が またもやの堤防(再)決壊につながるとは考えにくいところですが、当の地区住民にしてみれば あれほどの被害を被った者として、完璧に仕上がったと思った堤防が たとえその表面(表層)だけだとしても〝崩落〟した事実を目の前にすれば、あの悪夢が蘇ることは無理からぬところでありましょう。

 

ニュース報道の中でインタビューに応じた地区住民の人は、その えも知れぬ不安な心情を吐露しておられました。

「われわれは 洪水(越水・堤防決壊)による被害の怖さ・その後の大変さを経験しているので、あの程度の雨で堤防が崩落するようなことはないようにしてもらいたい。」

至極ごもっともなご意見です。

 

 

 

国交省千曲川河川事務所は、今後 崩れた箇所の土質を調べるなど崩落の原因解明を進める方針とのことです。

 

報道の後、私も現地に足を運んでみました。

 

 

 

崩落したと覚(おぼ)しき箇所はブルーシートで覆われていました。

それは一箇所に止(とど)まらず、堤内・堤外の複数の箇所にブルーシートが現認されます。

これら複数箇所に及ぶ崩落を目にした住民の方々の驚きと 湧き上がる不安感はいかばかりであったことでしょう。

 

 

 

折しも時節は5月後半。ほどなく梅雨の時期が そして夏ともなれば台風シーズンがやって来ます。

一説によると 昨冬は降雪量が少なく、お天道様は その分をこれからの時期に降らせるんじゃないか…すなわち今年の夏は降水量が多いのではないかと言われる人もおり、またもや 当地にまとまった雨や河川流量が発生するのではないか。

その際も、これまでは「堤防を強靱化したから大丈夫」との〝お墨付き〟が付されたハズの当地で、今回の それほどでもない降雨で堤防が崩落した事実は、方々を疑心暗鬼に陥れることとなっています。

 

いずれにしても 今回の不測の崩落事案を踏まえ、早期の原因究明と抜本的な対応が求められるところです。